原民喜 死と愛と孤独の肖像 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店 (2018年7月21日発売)
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感想 : 31
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原民喜と言えば、「夏の花」で「原爆文学」。そんな貧弱な文学史的知識しか持たず、国語の教科書にほんの少し抜粋されていた文章しか読んだことがなかった。この評伝を読んで初めて、ああ、こういう人だったのか、こんな孤独な魂の持ち主だったのかと、一人の人として目の前に現れてくる気がした。

以前著者が小林多喜二について書いていたときも同様のことを思った。教科書の平板な一行だけの記述の背後で、失われていくその人の切実な人生を、梯さんは丁寧な取材でよみがえらせ、そっと目の前に差し出してくれる。圧巻の傑作「狂うひと」とはまた違い、静かな悲しみをたたえている一冊だ。

原民喜が自死を選んでいて、しかもそれが鉄道自殺だったとは知らなかった。冒頭でその死の前後が描かれ、その後は、生い立ちからそこに至るまでの人生をたどっていく形になっている。原民喜という人は、本当に不器用で、世間になじめない人だったようだ。そういう自分を愛し庇護してくれる人や、やさしくあたたかいものを希求するが、それらははかなく手元から奪い取られてしまう。絶望と死に向かって刻々と引き寄せられながら、この世の地獄とも言える被爆体験が、かえって生に向かわせたという指摘には唸った。本当に「これを書かねば」という思いだけが、戦後の原をしばらく生きのびさせたのだろうと思う。

いつもながら、著者の筆致は冷静で、いたずらに感傷を煽ることなく淡々としている。原の自死についても美化せず、しかし、どうしてもそこに向かって行くしかなかった孤独な心情をしのばせる描き方になっている。過度な感情移入を避けながら、なおかつ取材対象に寄りそって書くことは、そうたやすいことではないだろう。その姿勢に揺るぎない信頼感がある。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2018年8月21日
読了日 : 2018年8月15日
本棚登録日 : 2018年8月15日

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