脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議

  • 講談社 (2016年12月14日発売)
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感想 : 32
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このタイトルは内容をあまり反映していないと思う。なぜこんな安手の新書のようなタイトルをつけたのだろう(表紙の絵も意図がわからんし)。語り口は平易だけど、その内容は最新の研究結果に裏付けられた専門的なものだ。私たちの記憶というのはきわめて不確かなもので、容易に「過誤記憶」を持つが、それは脳の働き、記憶のメカニズムからそうなるべくしてなるものなのだ、ということを納得させられる。

前半のアプローチ部分は、やや退屈な感が否めない。たくさんの研究や実験に言及されていて、それは確かに興味深いのだけど、なかなか本題に入らず、ちょっと読み進みにくい。しかし、後半になると、そこまで述べてきた知見をもとに圧巻の記述が展開される。第6章「優越の錯覚」第7章「植えつけられる偽の記憶」が白眉。記憶というものについての認識を新たにした。

終章で著者は、記憶とのつきあい方を述べている。自分の記憶は非常に疑わしいと知りながら、幸せでいられるのだろうかという問いに「もちろん」と答える。わかりにくい記憶の仕組みを知ることで、そのいくらかは自分で制御でき、自分自身の記憶の被害者になりにくいからだ、と。
「私たちの過去は作り話であり、私たちが何とか確信を持てるのは、現在起きていることだけだ。これを知っていれば、この瞬間を生き、過去を重視しすぎないですむ。そして人生最高の時は今、記憶が意味するものも今であることを受け入れられるようになる。」
にわかには共感しにくいが、示唆に富んだ言葉だと思った。

へぇーと思ったことをいくつか。

・赤ん坊の脳は急速に成長するが(二歳までに容積的には二倍になる)、同時に神経細胞は大規模に刈り込まれる(主要な領域のニューロン数は、大人は新生児より41パーセントも少ないそうだ。ビックリ)。不要な情報を捨て、効率を上げ「最適化」を行うためだが、これがあまり幼い頃の記憶は持てないことの一つの原因らしい。

・「どんな出来事も想起するたびに、記憶は生理学的に歪み、忘れられやすくなる」というのにも驚いた。思い出すたびに確かなものになるんじゃないのか。思い出すというのは「索引カードをファイリングするのと同じで、一枚引き出して読んだらゴミ箱に投げ入れ、その内容を新しいカードにもう一度書き直す」ことだそうな。

・「記憶には二つのもの、要旨痕跡(経験の意味の記憶)と逐語痕跡(具体的な詳細)が関係しており、この情報は並列処理され、別々に貯蔵され、想起も別々である。要旨痕跡の方が時間がたっても安定している」。そうか、それで「○○に行ったとき会ったあの人、なんて名前だったっけ?」ってことがよくあるわけだ。

・「脳はマルチタスクが苦手で、特に同じ部位を使う二つの課題をこなすのは難しい」。これは実感として納得。今具体的な例が思い浮かばないけど。

・「検索するから忘れる」。これも実感。簡単にわかったことは簡単に忘れる。

・フロイトの「理論」は裏付けがなく、科学ではないとこてんぱんにやっつけられている。フロイトに対しては以前から批判が多く、臨床医の「私見」として見るのが正解なのかとも思う。でもフロイトの説にはたくさんの人を惹きつける魅力があるのもまた事実。「無意識」の重視という考え方には、多くのエセ科学を生むほどに説得力がある。

・「トラウマとなるような記憶はしばしば抑圧され、当人の記憶から排除されるが、何かのきっかけでよみがえる」というような筋立ては、フィクションの世界でよく登場するし、実際そういうこともあるだろうと思ってきた。著者によるとこの説は矛盾だらけで科学的根拠がないそうだ。そうなの!と驚く。

・過去の虐待被害を「思い出した」人による告発が、おそろしい冤罪事件を生んだ事例が紹介されている。ここで著者は、過誤記憶研究は虐待被害者をさらに苦しめるものだという批判があるが、そこは充分に配慮しなければならないとしている。これはなかなか難しい問題だ。





第1章は「人生最初の記憶」。それで思い出したことを書き付けておく。私が最初の記憶だと思ってきたのは、祖父が家の土間で何かしている(おそらく藁で縄をなっている)姿だ。祖父は私が四歳になる前に亡くなったので、本当の記憶なのかあやしいのだけど。その祖父の葬式についてはもっとはっきり覚えている(と思ってきた)。玄関のところの柱に寄りかかって、今日はたくさん人が来るなあと思っていた覚えがある。父に抱き上げられて棺桶の中の祖父に「バイバイして」と言われた記憶もある。ただ、それらの記憶は自分の視点ではなくて、小さな女の子の姿を見ている誰かの視点だ。してみると、これも親の話などから後に作った「記憶」なのだろうか。

いつだったか、どういう話の流れでか、大学生の息子が一番古い記憶のことを話してくれたことがある。何歳かわからないが季節は冬で、珍しく雪がどんどん降るのを、お母さん(つまり私)と一緒に廊下から眺めていた記憶だそうだ。これもまた不確かな記憶なのだろうが、大事にのこしておきたいなあと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 心理・思想・哲学・宗教
感想投稿日 : 2017年4月28日
読了日 : 2017年4月28日
本棚登録日 : 2017年4月28日

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