評判通り!いいですねえ、ケン・リュウ。バラエティに富んだ短篇集で、それぞれ趣向が違い、そのどれにも細やかな情感が流れていて、胸にしみる。一篇一篇ゆっくり堪能した。
中国文化が色濃く出ている作品がいくつもあり、これはとても意外だった。同じ中国系のテッド・チャンなどはほとんどそういう傾向がないが、チャンは移民二世でアメリカ生まれ、ケン・リュウは十一歳まで中国で育ったと知り、なるほどその違いは大きいだろうと納得。チャンのおそろしく洗練された作品世界とはまた違うが、この著者もまた明晰で知的なスタイルを持っていて、すごく好みだ。
その中国風味だが、さすがに「本場もの」は説得力が違う。欧米の作家がアジアンテイストを取り入れると、往々にして単なるエキゾチシズムのふりかけにしかならなかったりするが、ここではしっかりとした世界観と結びついている。紙の動物が命を吹き込まれたり、妖狐が狩りをしたり、漢字で未来を占ったり……、長い長い歴史を持つ文化のありようが、容赦なく押し寄せる近代化という名の欧米化に踏みにじられていく。これはSF(もしくはファンタジー)の形を借りた哀切な挽歌のように思える。
表題作には不覚にも涙が出た。フィクションに泣かされるなど、ほとんど記憶にない。さして目新しい話というわけではなく、こう来るであろうと身構えていたのに、である。ここに込められた真情に胸を貫かれた。訳者の古沢氏が書いているとおり、冒頭の本作を気に入った人はケン・リュウのファンになるに違いない。
地球を脱出する宇宙船に乗り込んだ日本人の少年を語り手とする「もののあはれ」、縄を結んで物事を記録するミャンマーの結縄師を描く「結縄」、遠い異星を舞台に東洋医学を登場させた「心智五行」、このあたりに著者の特色がよく出ているように思った。
中国風味抜きの作品としては、不死がテーマである「円弧」や、人間の精神というものを問う「愛のアルゴリズム」などがおもしろかった。そして、もっとも読後感が重く、忘れがたい余韻を残すのが「文字占い師」。長く伏せられていた台湾の歴史的事件が題材となっており、登場人物の運命はあまりにも過酷だ。こういう問題を扱っているところに、「歴史のなかの自分」という存在を真摯に考えていこうとする著者の姿勢を感じる。著者は中国にも多くのファンを持つが、本作をはじめいくつかの作品は中国語に訳されていないそうで、これはまあそうだろうなとは思うが、とても不幸なことだ。
と、ほめちぎって終わりたいところだが、一つだけ。最後の一篇「良い狩りを」。訳者の古沢氏は「一番気に入っている」そうだが、え~ほんと? (一部の)ファンを喜ばせたという最後の「転調」に私はコケた。これはないわー。そこまでのいい気持ちがちょっと冷めちゃったじゃないか。これが最後でなけりゃもっと良かったのになあ。
- 感想投稿日 : 2015年7月23日
- 読了日 : 2015年7月23日
- 本棚登録日 : 2015年7月23日
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