「日本が直面する科学とイノベーションの危機を脱するための根本治療法」を説いた書。肝心の治療法だが、著者は、「リストラされていく優秀な科学者や技術者たちがベンチャー企業を立ち上げてイノベーターに転身する選択を促すこと」だという。そして、博士号研究者を起業に導き、科学政策を担う官僚にも博士号取得者を当てるべき、と力説している。
特に技術系官僚に関しては、「今の日本のように博士号を持たず、「創発」や「回遊」に伴うリスクに挑戦したこともない人間が、科学行政にこれ以上携わるべきではない」、「化石となった技官制度からそろそろ脱却してほしい。このトランス・サイエンスの時代においては、学部卒や修士修了では、科学知を価値化する力がまったく足りないし、「知の創造」を経験したことのない人々が未来を構想することはできないからだ」と手厳しい。
著者のこの科学者至上主義ないし博士号取得者優遇主義には納得できないな。「末は博士か大臣か」と言う言葉、今や死語だし、博士号取得はそんな大層なものじゃない。 人事が淀む日本の大学に長く留まって、果たして国をリードする立派な人材に育つのか甚だ疑問だし…。そもそも有能な人材は(多額の学費を負担して長く大学に留まるより)早く社会に出て活躍したいと思うのが自然なんじゃないかな。実力の伴わない高学歴者に権威を持たせるとろくなことにならないと思う。
まあ、愚痴はここまでにして、日米のイノベーション力の違いについての著者の見立てはなかなか面白かった。
経営能力のない農家をむやみに保護しまくった戦後農業政策や、官主導で業界全体を安定的に発展させる「護送船団方式」に見られるように、戦後日本は「国家再建の根幹に「リスクに挑戦しなくても安定的に人生設計できるような社会」をつくろうとした」。「この戦後政策は、日本社会が成熟してポスト工業化社会に入った後も既得権として長らく維持され、その結果、産業のさまざまな場で、リスクに立ち向かうチャレンジ精神の力と勇気とを奪ってしまった」。一方、「スモール・ビジネスこそがイノベーションの担い手である」といち早く気づいた米国では、無名の科学者に賞金を与え起業家へと転じさせる「スター誕生」システム=SBIR(スモール・ビジネス・イノベーション・リサーチ)プログラムを1982年に導入し、博士研究者を起業へ導いたという。同プログラムの要として、未来の産業につながる課題を与え、技術の目利きを行う人材として、博士号研究者を科学行政官(イノベーション・ソムリエ)に登用したことも、同プログラムが成功した大きな要因なのだという。
遅ればせながら日本が導入した日本版SBIR制度は、米国版とは似て非なるもの。中小企業への補助金として、低迷する中小企業の延命に無駄に消費されているだけという。
なるほどなあ。まあ本書は2016年刊行。現在は日本も国を挙げてスタートアップ育成に取り組んで力いるし、優秀な学生は起業を志向しだしているので、著者が指摘するような状況は改善されてきているのではないだろうか。それより不安なのが少子化だよなあ。日本は先々イノベーションの担い手を確保できるのだろうか?
- 感想投稿日 : 2023年11月24日
- 読了日 : 2023年11月12日
- 本棚登録日 : 2023年11月6日
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