麻原彰晃の誕生 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2018年10月27日発売)
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感想 : 17
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平成最後の年、オウム真理教の中心メンバーの死刑が執行されました。それに関連して、オウムを特集した番組を、目にする機会が多かったように思います。
 
 ただ、その手の番組で語られることが多いのは、教団、あるいは教団の前身ができてからの話が中心で、そもそもの発端となった人物である麻原彰晃に迫ったものというのは、あまりなかったように思います。

 オウムが地下鉄サリン事件を起こしたとき、僕は当時2才でした。そんな自分にとってオウムも麻原彰晃も、歴史上の人物や出来事とはいかないまでも、どこか遠いものだったように思います。現に麻原彰晃の片目が見えていなかったことも、この本を読むまで知りませんでした。なので、この本を読めばオウムのこと、そして麻原彰晃という人物のことが少しは分かるかなと思い、手に取りました。

 内容としては麻原の子供時代、整体師として活動していた時期、オウムを立ち上げるに至るまでの様々な変遷と、事件以後よりも、事件以前の麻原を中心としています。オウムの起こした事件について詳しく知りたいというよりかは、それ以前、オウムがいかに生まれ麻原はどう行動してきたかを、知りたい人向けの本だと思います。

 さて、この本を読んで麻原のことが分かったか、なぜオウムが生まれたか分かったか、と問われると正直難しいところです。それは内容の不足というよりかは、麻原の思考や考え方、論理に自分がついていけなかったところがあるように思います。

 もちろんなんとなく思うところもあります。片目が見えないため麻原彰晃こと松本智津夫は、盲学校に通うことになります。しかし智津夫は片目は問題なく見えているからと、これを嫌がります。しかし、彼の意向は通ることはありませんでした。また盲学校に通えば補助金が家に入るということもあって、智津夫は金のため自分は親に捨てられたと、周りに言うことがあったそうです。

 また、盲学校の授業では全盲の生徒のため、触ったものを何か当てる授業があったそうです。しかし、片目は問題なく見える智津夫にとって、こうした授業は退屈以外の何物でもありません。また片目が見えることを理由に、他の生徒に頼られることもあったそうです。こうした体験を元に「自分は特別な人間」という思い込みを強めていったのではないのでしょうか。

 親への恨みを見返してやるという気持ちに転化したこと。自分は特別な人間だと思い込んだこと。そこに超常現象への興味、ヨガの発見、ハルマゲドンや終末思想との出会いとが混ざりあいオウムに至ったのか、自分の理解としてはそんなところです。でも、これもおそらく完全な正解ではない。彼の思いが語られることは二度とありません。

 松本死刑囚は晩年、精神的に不安定になり裁判中や拘置所内で異常な行動を繰り返し、それが本当かあるいは詐病か。責任能力はあるのかといったことに裁判の争点が移っていきました。今となっては結論は出せませんが、著者である髙山氏は、これは詐病だったとしています。その理由については、あとがきに述べられているのですが、妙に納得のいくものでした。地裁での裁判中から不安定になった麻原の言動ですが、死刑判決後それは一気に加速します。しかし、一方で弁護士との接見はある時期を境に、一度も拒否することはなかったそうです。そして接見した弁護士の前で、奇行を繰り返し続けたそうです。これは、奇行を確認してもらうことで、責任能力はないとされ死刑を逃れようとしたのではないか、と著者はしています。

 ちなみに智津夫は盲学校時代、先生に叱られるとその場しのぎの反省や居直りをし、決して心の底から反省することはありませんでした。智津夫の奇行については、もちろん本当に精神のバランスを崩していた面はあるのかもしれませんが、根底にあるのは盲学校時代から続く、彼の根本的なものではないか、という気がします。そして、そんな小さな男によって多くの人の命が失われ、あるいは人生が狂わされたことに怒りと、虚無に近い気持ちが沸いてきます。

麻原彰晃という人間のせいなのか あるいは、世紀末という時代のせいなのか、それとも社会のせいなのか、それらが複雑に絡み合ったのか。オウムが起こした波はきれいに解決されることなく、平成の終わりと共に、無理矢理幕が引かれたように思います。今の自分達にできることは、こうした事件があったことを記憶に留め、同じような予兆があれば、すぐに気づけるように、そして人が抱えるであろう闇にのまれないようすること。不十分だとは思いますが、今自分ができることはそんな気がします。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション・新書・エッセイ・評論など
感想投稿日 : 2019年2月9日
読了日 : 2019年2月9日
本棚登録日 : 2019年2月9日

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