助産師を描いた医療小説+お仕事小説。最近メキメキと頭角を現している藤岡陽子さんの作品で、なおかつ生命の誕生を扱ったものなので、「泣かせにくるいい話なのだろうな」と思っていたのですが、いい意味で裏切られた感があります。
主人公である若手の助産師、有田美歩。彼女の勤める産婦人科病院はなかなかにクセがある。先輩や後輩の助産師は頼りになるものの、院長は腕は不確かなのに尊大。さらに看護師長は院長の愛人で、この師長も仕事は満足にしないのに、部下にはヒステリックに当たり散らす。
描かれるテーマも主人公が壁にぶつかって、そこから成長して……、というお約束の感じではなかった気がします。美歩自身、障害をもった姉がいて、親の世話を一身に受ける彼女に複雑な感情を抱いた過去があり、その経験ゆえ生命倫理や出生前診断に悩む妊婦たちの苦悩に真剣に対応する。そんな彼女の真摯な姿は、応援しやすくて、また描かれる問題は難しいからこそ読み応えがありました。
他の描かれる事象もなかなかに重たい。若い女性のお産とネグレクト、そして中絶といった臨まれない子どもたちの話も心に迫る。作中で中絶手術の時、取り出した胎児の声が母体に聞こえないよう、助産師がガーゼで胎児の口をふさぎ、動きが止まるまで待つ、という描写があり、そんな心理的に厳しい手術の話も初めて知りました。
優秀ではあるが、ストーカー疑惑のある同僚の医師。真面目だったはずなのに突然、仕事を欠勤しがちになった美歩の後輩助産師。それぞれのエピソードを回収しつつ、物語は進んでいきます。結末としては、完全なるハッピーエンドではないかもしれないし、物語全体としてみると、少し詰め込みすぎな感じも否めない。
でも一方でシリアスな物語の展開に対しての、登場人物たちの新しい生命に対する想いには心を打たれました。母になるということの意味であったり重さであったりも、考えさせられます。
そして何よりネグレクトや、障害を持って産まれた子、そして中絶でお腹の中だけで命を終えた子。そんなすべての命に対する慈しみが感じられて、それが本当に良かった。藤岡陽子さんも、折に触れて追いかけていきたい作家さんになりそうです。
- 感想投稿日 : 2021年1月17日
- 読了日 : 2021年1月16日
- 本棚登録日 : 2021年1月16日
みんなの感想をみる