『SFを読んでいると、今まで想像すらしていなかったような視点を提示されることで、新たな考えが広がってゆく。そしてわたしは、それをとても嬉しく思う。』(P91より)
もしいつか、SFの何が面白いのかと、誰かに聞かれたらモリのこの言葉を拝借したい。
1970年代末、15才の少女のモリは、精神を病んだ母から逃れ一度も会ったことのない、実父のもとに引き取られる。しかし、実父と同居していた叔母たちの意向で、女子寄宿学校に入れられてしまう。
周囲になじめない彼女は、日記に心情を吐露し、自分にしか知らない秘密と、SFとファンタジー小説を支えに日々を過ごしていく。
モリの書いている日記、という形式で進んでいくこの『図書室の魔法』という小説。神の視点や状況描写がなく、モリの書き言葉のみで進行するので、状況はややつかみにくいかも。
モリはなぜ、正常に歩けなくなるほどの怪我を負っているのか。モリの双子の妹はなぜ亡くなったのか。母親が病んだ理由は。そしてなぜモリに悪意を向けるのか。
そのあたりの説明は匂わせるくらいで、上巻では語られることはほとんどありません。
学校や親戚の叔母たちになじめない彼女の著述は、自然に愚痴っぽくなり、不満が大部分を占めます。読んでいてなかなか気分が上がりにくいし、日常の話が続くので小説としてのゴールも、いまいち掴めない。
さらに、彼女にしか見えないフェアリーの存在や、魔法の存在も謎。
日記の著述ではモリはフェアリーと話をし、魔法も当たり前のように書いているのだけど、これが彼女の想像の話なのか、どこまで本気で書いているのかも良く分からない。
現実からの逃避なのか、創作なのか。はたまたいわゆる不思議ちゃんなのか。それとも本当に見えているのか。ここも話の筋が掴みにくくなる理由かも。
でも繊細な描写は、魅力的の一言に尽きる。モリが寄宿学校の休暇期間中に、故郷に帰る部分なんかは、郷愁や彼女の胸の内の寂しさが垣間見えて、自然と心に残るし、
ウソかホントか分からないフェアリーたちとの交流の描写も、現実と幻想の境界線が曖昧になるような、なんとも言いがたい雰囲気に満ちあふれています。
寄宿学校での生活の描写が詳細でリアルなので、その雰囲気や英国の文化も読んでいて興味深いのだけど、この実生活のリアルさとフェアリーとの交流や、魔法のことを大真面目に書くメルヘンな彼女の著述が、なんともアンバランス。
それが日記にアクセントを出している気がします。
果たしてどこまでが現実で、どこからが想像なのか。読んでいるうちにそれが曖昧になってきて、本当にフェアリーや魔法が生活の中に隠れている気分にもなってきます。
そんなモリのもう一つの支えがSF小説とファンタジー小説。日記の中でも次々と言及されるのだけど、その数がまあすごい。
トールキンの『指輪物語』、ル・グウィンの『ゲド戦記』、ルイスの『ナルニア国物語』といった世界三大ファンタジーにアシモフ、クラーク、ハインラインのSFビッグ3は当たり前。
他には分かるところでいったら、カート・ヴォネガット、ジェイムズ・ティプトリー、ロバート・シルヴァーバーグ等々(著者名と作品が一致したの、これくらいしかない……)
しかもSFだけでなく文学、ミステリ、さらにはマルクスやプラトンといった政治・哲学書まで、まあウジャウジャと出てくる、出てくる……。これ全部読んでる強者はいるのか?
じゃあ、この本がブックリスト代わりに使えるか、と言われたらそんな感じでも無い。作品それぞれに詳しい説明があるわけでもないし、多分、ある程度SF・ファンタジーへの造詣がないと、その部分の面白みは伝わらない気がします。そういう意味では読み手を選ぶ小説かも。
でも逆にいうと、SF・ファンタジーファンなら楽しみは倍増しそう。ル・グウィンの『所有せざる人々』の社会に思いをめぐらすモリであったり、『ナルニア国物語』の宗教性の賛否をめぐる話なんかは、読んだことある人は「ああ、あのことね」と内輪ネタ的な楽しみ方もできそう。
そして、まったく知らない作品や、名前だけは知っている作品が作中で出てくると、ついつい気になってしまう。
「これだけの読み手であるモリが絶賛する小説って、どんな小説なんだ?」
ブクログをしていると、凄い読み手の人がたくさんいて、「この人がこれだけ絶賛している作品や、作家ってどんなんなんだ?」と思うことはよくありますが、この日記の書き手であるモリにも、その思いを感じるのです。
そしていつの間にか、同じ本を読んだもの同士の縁、同じジャンルが好きなもの同士の縁や情というものを、架空の存在であるモリにも感じてしまう。
だから、鬱々とした描写が続いても、うんざりすることなく、モリのその後が気になって読んでしまう、そんな気がします。
鬱々とした描写が多い一方で、モリが図書室の先生と仲良くなったり、小説を通して、初めて会った父と関係性を深めたり、上巻のラスト近くで寄宿学校のある地元で開かれるSFの読書クラブに参加するシーンなんかは、心救われる気がします。
孤独を深め、フェアリーと魔法だけに救いを求める彼女が、愛した本、愛したSFやファンタジーで人と繋がるのは、同好の士としてただただ嬉しく感じます。
モリの怪我の理由。妹が死んだわけ。母の悪意。フェアリーと魔法。
今一つ分からないところも多いし、場合によってはそれが詳しく言及されないまま、下巻も終わってしまう気がしないでもない。でも、モリの行く末だけはちゃんと見届けてあげないと。
上巻を読み終えた時点では、そんな気分になっています。
- 感想投稿日 : 2020年8月5日
- 読了日 : 2020年8月4日
- 本棚登録日 : 2020年8月4日
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