主に17世紀後半に書かれたもののようだ。清に生きた作者蒲松齢(ほ しょうれい 1640-1715)が昔の書物からネタを取ったり、人づてに聞いた話を集めるなどして書き溜めた全491編がこの『聊斎志異』。この岩波文庫上下2冊にはそのうち92編が収録されているに過ぎない。
幽霊(幽鬼と書かれている)が出てきたりと怪異な話ばかりだが、全体としては民話・寓話のような類が多い。はっきりとホラー的な感触があったのは上巻P82の「12 犬神」。これはちょっと衝撃的な図像が描写されている。
幽霊の他に頻繁に出てくるのは人間に化ける狐。そういえば、日本の昔話・民話に出てくる「化ける狐」のモティーフは、中国から輸入されたものだったか。
登場する幽霊や狐はみんな「仙女のような」美女ばかりで、主人公の男性たちは幽鬼・狐と知りつつも関係を結んだりする。あまつさえ結婚し、子を産みもするのだが、その子は普通の人間だったりする。そんな神話的なシーンが多彩に繰り広げられ、恐怖というよりもおおらかな物語集という感じだ。
読んでいて実に楽しく、昔話集なんかを読むのよりも遥かに面白い。語り口が上手いのだろう。もちろん、フローベールなどのような西洋近代小説とは非常に異なる書き方で、細かいディテールの書き込みは少なく、やはり神話的な梗概に近い場合が多い。本書を楽しく読みながら、やがては「物語」なるものの祖型を探るべく考えこんだ。
それにしても、本書に登場する男性主人公たちはそのほとんどが公務員志望で、みんなして公務員採用試験・昇進試験にあくせくしており、彼らにとっての人生の目標はそれらの試験を制覇し高い地位の公務員になることなのだ。当時の清の人びとはこんなにまで一律に公務員志望だったのだろうか。公務員になり昇進することでしか、経済的な豊かさを求める術はなかったのだろうか。実は作者蒲松齢じしんが、生涯をかけてこの公務員試験に邁進した人だったようで、ただ単にその人生観がこれらの作品の世界を限定したのだったかもしれない。
下巻にふたつ入っている「悍婦」ものは、壮絶に暴力的な奥さんたちの猛烈さと、彼女に全く逆らえない男性たちの弱さに、苦笑してしまった。
これまで中国の小説類は(長いのが多くて)敬遠してきたのだが、本書を読んで、そこにはやはり日本文化の源泉も明らかに窺えるし、読んでみて素朴に面白いので、これまで読まなかった有名な本も読んでいきたいと思っている。
- 感想投稿日 : 2022年4月13日
- 読了日 : 2022年4月12日
- 本棚登録日 : 2022年4月12日
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