命の経済~パンデミック後、新しい世界が始まる

  • プレジデント社 (2020年10月15日発売)
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 ジャック・アタリさんは新しいウィルスによるパンデミックを警告し続けてきた。そこへ今年2020年のコロナ・パンデミックが到来し、未曾有の社会的混乱が引き起こされた。
 本書は都市封鎖による自宅待機のあいだに書かれ、6月にフランスで出版されたものに、恐らく7月に加筆されたものを和訳し、10月にプレジデント社から出版されたものである。まさに風雲急を告げる渦中に執筆されたわけで、世界中でのパンデミックの事態はその後も刻々と変化してきているため、こんな早期にコロナ禍に関する著書を出してしまってよいものかどうか、アタリさんも迷ったようだが、すぐにでも公開したいメッセージがあったと思われる。
 世界各国に研究センターのような拠点を持ち常時社会に関する最新の情報を収集して分析しているアタリさんが、本書前半で新型コロナウィルス感染症が出現してから様々な国で展開された態様をつぶさに記録する。この部分は手に汗を握りながら読んだ。氏は韓国による初期のコロナ対応を高く評価しており、諸国は韓国の手腕に学ぶべきだったのに、独裁国である中国の真似をして都市のロックダウンに踏み切ったことを「誤りだった」と指摘している。韓国はかつてMARSへの対応で一度失敗しており、その経験を教訓として、感染症対策を着々と進めてきたのである。1月のまだ韓国国内に感染者が1人も出ていない頃から、韓国は素速くマスクや検査キットの大量生産に取りかかっていた。これにより、感染者が出始めると迅速に大量の検査を行い、マスクを国民に配布することができた(もちろん、アベノマスクのようなしょぼいものではない)。
 中国にならって欧米諸国が都市のロックダウンを行ったことにより、一時的にせよ経済活動が世界的にストップするという、前代未聞の状態が現出したのだが、これによる影響はまだ全貌が明らかになっていない。そして、本書の刊行後、初冬になってヨーロッパは大きな「第3波」に見舞われ、再度ロックダウンする事態となった。
 この社会的異変による経済上の結果はまだ全てが見えて来ていないが、失業者が溢れ各国は厄介な対応を急がせられるはずである。それ以外にも、このパンデミックは、最近の世界的な情勢を更に急速に推進させた。貧富の差は一層大きくなり、中産階級の没落は早まった。権力による人権の抑制、強制力をより高めようという世論が高まり、民は自ら民主主義を捨てるような方向へと向かう。
 本書後半にはこれからはこうあらねばならない、という論が展開されているが、このような予言的なことをアタリ氏が書く時いつもそうであるように、ちょっと抽象的すぎて、なんとなくパッとしないように感じる。
 アタリ氏は「コロナ禍が終わったら、元の世界に戻れる」というような期待は幻想に過ぎないと批判する。そうではなくて、社会はここから大きく変容していくだろうというのだ。医療・保健衛生などの分野が最重要のものとして見直され、大きく発展して行く。これは「予想」なのかアタリさんの「期待」なのか判然としないが、氏はこれを「命の経済」と名付ける。
 観光業や航空業など、多くの業種はやり方を徹底的に再考し、持続可能な形態に再編しなければならない。
 教育はオンライン化をより進めていくだろう。ただし、オンライン授業だけでは得られないような体験を、生徒たちが得られるような余地を残さなければならない。
 都市に集中しすぎた人びとは、感染症を教訓とし、一極集中から離脱する方向に向かう。
 アタリ氏は危機に直面する今こそ、「闘う民主主義」が必要だと言う。
 特に、日本の自民党の政治家に叩きつけたいような言葉が最後の方に載っている。
「あらゆる危機は最貧層に最大の影響を及ぼす。そして政府は、現状と今後訪れる状況を耐え得るものにするために、社会正義の必要性をまずもって認めなければならない。まずは税負担の公平性だ。とくに、超富裕層に重税を課すことを拒否するようでは、民主主義は生き残れないだろう。超富裕層のなかには、今回の危機で資産を増やす者さえいるだろう。」(P287)
 アタリ氏はこの新型コロナ・パンデミックが終息した後も、また別の新たなパンデミックが何度でも襲ってくるだろうという前提に立っている。それはやはり、人類の文明が「自然」の秩序を破壊してきたことによるツケだと言う。
 
 新型コロナウィルスによる世界の大転換をめぐり、本書の続編や続々編を、アタリさんには是非出して欲しいと思っている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 哲学・思想
感想投稿日 : 2020年12月12日
読了日 : 2020年12月10日
本棚登録日 : 2020年12月10日

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