風の靴

  • 講談社 (2009年3月28日発売)
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感想 : 13
4

 『かはたれ』を読んでとても好きになった朽木祥さん。この本も素晴らしかった。

 ものすごく文が上手、という感じではないのだけれど、文そのものが芸術になっていた。割と量がある文なのに、詩を読んでいるかのように繊細だった。言葉に、色合い、熱量、風、意志、沈痛さなど、様々なものを感じさせる含みがある。

 ヨットマンだった大好きなおじいちゃんを亡くし、受験に失敗したりで追い詰められていた中一の海生は、友達の田明とその妹、八千穂、飼い犬のウィスカーと、家出する。おじいちゃんと以前よく乗っていた、A級ディンギー(ヨット)ウィンドシンカー号に乗って。

 海生は、海で、亡きおじいちゃんとしたこと、話したことを思い出し、まさに今体験していることと照らし合わせて反芻し、友にも助けられながら成長していく。

○[Aという道とBという道があって、Aを選んで転けたとする。その時自分を支えるのはAを自分が選んだという自信だ。もっともらしいだろう?だけどな、この年になるとわかるんだ。そんなかっこいいもんじゃない。どっちを選んでも、あっちにすればよかったと後悔する日は必ずある。ただ、自分で選べば、良い日も悪い日も自分で引き受けられる。ただそれだけのことなんだ。]
 
 この海生の父親の言葉は、私もこの年になったらよくわかる。自分が辛い時に、言い訳だと頭ではわかっていながらも、親や家族を恨みたくなるのは、若い時、自分がこうしたいと思った事を貫けずに、家族の反対に押し切られてしまったからだと。自分で納得してきちんと選ばなかったからだと。

 息子が今、主人公と同じくらいの年頃だ。多感な時期で、本人もだろうが、私もその変化に戸惑っている。このお話に出てくるような、よく出来た子では流石にないけれど、それでも、彼の「根っこにある良さ」を信じて、余程間違った方に行かない限り、彼の意思を、心が動く方向を邪魔せず尊重しようと、この本を読んで改めて強く思った。私と同じ失敗を子供に繰り返させないよう、肝に銘じたい。

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心を動かされたところ(抜粋)

 ○再び思い出したのだ。ディンギーがふいに風をつかんで走り始める瞬間、まるで高速艇に変身したみたいに駆け出す、あの瞬間を。おっかなくて、後ろに引けていた体が、次第にディンギーとひとつになる。ひとつになって、風をつかんで、思いっきり駆けていく。透明になって。風の靴を履いて。あんなふうに生きていけと、おじいちゃんは言いたかったのだ。「船と一緒に駆けていくような気がするんだ。」という声まで、聞こえてくるようだった。


○The why of the wind. by Laura Riding
風が走るとき、我々も風と走る。
風に心をつかまれてしまうと、自分が風ではないことを忘れてしまう。
我々はもっと知らなければ、自分が何であり何でないかを。我々は、風ではない。…
もっとはっきり見分けなければ、
我と彼との違いを。
"我々でないもの"は、たくさんある。
"我々が、ならなくていいもの"は、たくさんある。

 ○そうなんだ。ぼくらは風ではない。風がぼくらを連れ回すのでもない。ぼくらが、風を見、風を聞き、風を読む。そうして、自分の進む針路を決めるんだ。ほんとうに行きたい方向に向かって。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年12月6日
読了日 : 2023年12月6日
本棚登録日 : 2023年11月3日

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