歌の本 上 改訳 (岩波文庫 赤 418-1)

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「なにが騒がす」
なにが騒がす 狂うこの血を
なにが灼くのか 燃える心を
煮えたち 泡だち 沸き立つ心
はげしい炎が胸やきつくす

血は荒れ 沸きたち 泡だつばかり
そうだ 悪夢にうなされたからだ
暗い夜の子がやってきたのだ
おれを、息せき連れだしたのだ

以下、元恋人の結婚式の風景
たった一度の失恋でよくこれだけ詩をひねり出せたものだな

「深夜、ヘリンの」
深夜 ヘリンの家を出て
もの狂おしくさすらった
墓場へぼくが来かかると
こっそり墓がさしまねく

楽士の墓石がさしまねく
月の光がゆらめいた
「きみ いま行くよ」と囁いて
霧の姿が浮かび出た

……

わたしは歌を うたっていたが
きれいな歌も 終わりとなった
心臓が胸で 裂けてしまえば
歌は古巣へ いっちまう

「さて おれは 呪いで」
あのひとを 愛して いけないなら
このおれの いっさいは どこにある

「朝 めざめては」
朝 めざめてはたずねる
いとしいひとはくるかしら
ゆうべ 伏してはかなしむ
きてはくれない 今日もまた

なやみを胸にいだいて
ねもやらず夜をすごす
昼もゆめみごこちに
あてどなくさまよい歩く

「うるわしい わが悩みの」
うるわしい わが悩みのゆりかご
きよらかな わが恋の墓標
うつくしい町よ もうお別れだ
さらばと わたしは おまえに告げる

さらば 神聖な あそこの閾よ
恋しい人の 通うところよ
さらば 神聖な あそこの場所よ
ふたりがはじめて 出会ったところよ

もしも あなたを 見なかったなら
おお うるわしの 心の女王よ
けっして わたしも これほどまでに
いまは惨めに ならなかったろう

あなたの心を かきうごかして
愛してくれなど 願わなかった
ただやすらかに 暮らしたかった
あなたの息の 通うところで

けれども あなたは わたしを追いやり
にがい言葉を 口にするのだ
わたしの五官は 狂わんばかり
心は病んで 傷ついている

からだは衰え ちからも失せて
杖にすがって とぼとぼ行くのだ
はるか異国の つめたい墓に
疲れた頭を よこたえるまで

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2010年11月20日
読了日 : 2010年11月20日
本棚登録日 : 2010年11月20日

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