私をくいとめて

著者 :
  • 朝日新聞出版 (2017年1月6日発売)
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脳内会話に食い付いている感想が多いね。たしかに帯には「私の脳内には、完璧な答えを教えてくれる『A』がいるんだから」と書いてる。でも脳内のもう1人の自分とのコミュニケーション、てだけでは何かありきたりで同工異曲な閉じた解釈に陥る危険があったので、もう少し自分なりに広げて考えてみた。

みつ子とAの関係って、何でもネット検索で答えを得ようとするネット民のメタファーなんじゃないの?
ネット民って膨大なデータを自分で抽出できるというほかに、特筆すべき特徴として「自分に都合のよい記事のみを選択する(自意識の支配下による・よらないに関係なく)」というものがあると思う。

誰もが経験してるはずだけど、検索結果を上から全部開いて読む人なんていなくて、見出しとか、ちょろっとした短い文を読んだ程度で、自分の感性に引っかかったものだけを抽出している。
つまりネット民にとって一番参考になるとして選び出した意見は「一般的に最良」ではなく「自分にとって最良」なもの。
したがって、みつ子が脳内で落ち着いた感じで優しく話しかける「A」の声が聞こえるというのと、みつ子がネットで記事を拾ってまるで自分にピッタリだと感じ、思わず「いいね!」をクリックするのとは、基本的に同質なものでは?
それはみつ子が恋愛関係を一歩進めた後でも、Aは依然ほどではないものの完全に消滅はせずに、たまにみつ子の脳内に出現して相変わらず落ち着いた声で話しかけてくることでも裏付けられる。ネット民も恋愛が進めばもう検索は不要、ではネットからサヨナラ、ってことにはならないでしょ?

こう考えたら、ふだん自分の頭の中で別の声が聞こえる人なんかほんの一握りのはずだから、この小説のプロットに自分を重ねられない人が多く生じているんだろうけど、おひとりさまが一人の部屋でネットを検索しまくって自分の気に入ったネタにヒットして一人でニヤッとしているのとあまり変わらないのでは?という考えもでき、そう考えるとこの小説の汎用度は高まる。

それと私が個人的にこの小説を気に入ったのは「人が1人も死なない」こと。
最近の日本の小説は、何とかの一つ覚えのように、誰かが殺されたり死なないと小説世界が成立しないかのごとくに雑に書き散らかされているように感じる。
まったく寒い話だけど、いかに「普通」を小説で描くのが難しいかということに帰着すると思う。
私も新聞連載を毎週読んでいたときはこの点について不安だったけど、綿矢さんは「普通」の小説を「普通でない」技法を交ぜて描き切ってくれた。それが好印象だった。

ただし、普通を描く小説である以上、“色彩感”が欠けるのはある意味致し方ない。
それを連載時に十分以上に補っていたのが、わたせせいぞうさんのカラフルなイラストレーションだった。
それなのに単行本では、わたせさんのカットは表紙のみ。この点は遺憾。せめて数枚でも間に入れられなかったのかと惜しまれる。
綿矢さんと直接関係ない話だけど、トータルの評価として星1つ減じる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年11月12日
読了日 : 2017年11月12日
本棚登録日 : 2017年11月12日

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