ヴァン・ゴッホ・カフェ

  • 偕成社 (1996年11月1日発売)
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感想 : 47
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ヴァン・ゴッホ・カフェはアメリカのカンザス州にある。でも第1章を読み終えたとき、ある疑問が生じた。だってこのカフェには、レジの上に“BLESS ALL DOGS”(犬も歓迎)という札がかかっていたり、女性用トイレの壁にむらさき色のアジサイが描かれていたりはするけれど、肝心のゴッホの絵が掛けられているという記述はない。つまり仮定の話としてこのカフェに行く機会に恵まれて実際に行って中に入ったとしても、店内でゴッホをイメージさせるものを見つけることは難しいはずだ。

だったらオランダともゴッホとも縁がないように思われるこの店は、なぜ「ヴァン・ゴッホ・カフェ」と名付けられているのだろうか?
それを見つけようとして第2章以降へ読み進めていった。すると、店を切り盛りするマークと、その娘で10歳のクララと、店を取り巻く様々な不思議な客や不思議な現象についての数々のエピソードによって、本当に「魔法」にかかったかのように、彼ら彼女らが実際に存在することを素直に信じられるような感覚になっていった。つまり、美術館などで、ゴッホが描いた夜空の星々やひまわりを見た私たちが、それらこそがゴッホにとっての真実であり実在の姿なのだと気づいて心が充たされていくあの瞬間と、まさに同様だ。そして、なぜゴッホの名前が店に付けられているのかを探るような考えは後退していった。

だがゴッホに関する詮索をすっかり忘れていたところに、最終章になって、まるで作者が満を持したかのように唐突にゴッホに関する話題を出現させてくるのに目を引き付けられた。-「このカフェが名まえをもらった画家は、一生にたった一枚の絵しか売ることができなかったという。」-

その一節を読んだとき、私はこの店がヴァン・ゴッホ・カフェと名付けられた理由を探すことをやめた。なぜなら、今を生きる私たちは、ヴァン・ゴッホの生前に売れた絵の枚数がどうであろうとも、彼が素晴らしい作品を生涯のうちに残していたのを知っているから。売れなかった画家の作品が、その死後に呪文が解けるかのように人々の心に芸術の花として開いたという魔法のような展開を私たちが理解できるのと同様に、片田舎にあって何の変哲もないけれど数々の魔法のような物語を起こすことができる喫茶店が、それゆえにヴァン・ゴッホ・カフェという名前で呼ばれることを素直に受け入れられると思ったのだ。

と言うよりも、作者がこの本に潜ませた魔法に、読者はゆったりと心をゆだねるだけでいいのでは。作者は他の本でよくあるような、人を傷つけたり騙したり中傷したり差別したりという物語をこの本ではまったく書いていない。ゴッホの絵もそうではないか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年8月30日
読了日 : 2023年8月30日
本棚登録日 : 2023年8月30日

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