土の文明史

  • 築地書館 (2010年4月7日発売)
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 著者のモンゴメリー氏は地形学の専門家だが、人類学や社会学等幅広い視点から、土壌の大切さを訴えている。300ページを超える大著だが、著者の主張を一言で伝えると「土壌は有限の資源であり、消失速度が生成速度を上回れば、いずれ土壌は枯渇し、その文明は消え去る運命になる。」
 農業というと他の産業よりも環境に優しいイメージがあったが、実は有史以来自然を最も破壊した産業はこの農業だった。機械や薬剤に頼った現代の農業だけでなく、天然素材だけで行われた古代の農業も含め、土壌に対する配慮を忘れ土壌を消耗すれば後に残るのは不毛の大地だけ。メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマ…古代の文明が栄えたこれらのエリアが現在、一面の砂漠や荒涼とした大地になっているのは、無秩序な農業のせいだった。古代文明は土壌の消失により衰退したが、近代の欧州では失われた土壌を補うために植民地支配へとつながった。そして、現代は経済性を重視し、機械と薬剤で土壌の消失を加速させている。土壌はただの土でなく、再生困難な希少資源であり、食糧生産や人口を通じて、経済や社会に如何に大きな影響を与えている現実を直視しなけれなならない。
 本書を通じて、著者は土壌枯渇の危険性に強い警鐘を鳴らす一方で、リスク回避のための処方箋も提案している。それは古くて新しい農法、有機農業である。有機農業では土壌を生物学、生態学的にとらえ、土壌の生産性を維持しながら作物を収穫する。正しく実践すれば、その生産性は現代の慣行農法を上回るポテンシャルがあるという。薬剤に頼らずに厩肥や被服植物を活用する有機農法は農家にとって負荷がかかるが、経済重視の米国でも有機農法が広がりつつあるという事実は、本書で述べられた数少ない安心材料である。
 著者は時間、空間的に幅広い調査を行っているが、いずれも畑作の事例が中心で、アジアで盛んな米作に関する記述はない。日本で古来から続けられている米作は地形や気象の条件等の制約はあるが、持続的な食料生産に対する別解なのかもしれない。この点については著者の今後の調査活動に期待したい。
 日本は地理的に高い土壌回復力に恵まれ、米作の文化が持続的な食糧生産を支えてきた。しかし、その恵まれた環境こそが、土壌資源が恒久であるかのような錯覚をもたらしているかもしれない。自分がそうであったように。足元の問題を再認識するためにも、是非、本書をお勧めする。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 農業
感想投稿日 : 2017年3月23日
読了日 : 2017年3月23日
本棚登録日 : 2017年3月23日

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