細野晴臣 夢十夜

  • KADOKAWA (2022年3月18日発売)
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感想 : 6
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『男は、家族のギリシャ赴任中にうまれたとかで、アテネと読むことができる雅典という、うるわしげな名前があったけれど、ともみの女友達からは、セグウェイと呼ばれていた。 ともみも過去を振り返るたび、セグウェイとつきあっていたころは云々、と男をあだ名で呼んでいたために、雅典に会っても、セグウェイと心で思っていた』-『「セグウェイはかわいい男」朝吹真理子』

細野晴臣の夢日記は、夏目漱石の「夢十夜」の「こんな夢を見た」に倣って、どれも「夢を見た……」と始まるナンセンスな夢のお話。夢なのでとりとめもなく、起承転結もない(本人曰く脚色は一切なし)。漱石の夢十夜はもちろん斬新な小説ではあるけれど、極端に言えばどれも真面目腐った線香臭い話ばかりであるのとは対称的に、不真面目で何だか得体の知れないアートのような味わいがある。まあ、それを読むだけでいいのなら「ほぼ日」のアーカイブを見ればいいのだし、それならイラストはカラーで見応えもあるし(一部フラッシュのアニメーションに関しては、書籍では二次元コードで動画に飛ぶという親切なアフターケアがある)。なので、これは単純に朝吹真理子がどんな話を書いているのかに興味があって手にした本ということになる。

細野晴臣の元の夢日記に啓発されて、朝吹真理子、リリー・フランキー、ナイツ塙亘之が三話ずつ(ただし朝吹真理子の三話目は二つの夢物語を下敷きにしているので二夜分と勘定)書き下ろし、合計九話(十夜)を加えたもの。「夢十夜」とはあるけれど、元の夢日記は三十七夜の物語(ほぼ日上では幻の第三十八話「ハーレム・ミュージシャン」のイラストもあり)。本の構成では夢日記が後になっているけれど、先ずはこちらを読んでから、各々どの話を選択しどう発展させたのかを愉しむ方がよいような気がする。

三人とも元の話を題材に膨らませているけれど、リリー・フランキーが星新一風のショートショートを三つ揃えているのに対して、ナイツ塙は自伝的な二つの話とナイツの漫才を模したネタ、そして朝吹真理子は少しずつ趣の異なる三つの短篇を書き下ろしている。その内、三夜・四夜に相当する話が最も作家の素の個性が出ているようで面白い。どこか「抽斗のなかの海」の一文を読んでいるような気になる。一方で、細野晴臣の夢との親和性が一番高いのはリリー・フランキーのショートショートかも知れない。少しエロティックで少しグロテスク。一応、オチも付いていて完結した感じが高い。それに何となく漱石の第五夜(捕らわれの身の侍が懸想する女の話)、第六夜(木彫の話)、第七夜(西国へ向かう船の話)とも響き合う話に仕立てられている様な……。ナイツ塙の自伝的エッセイ風の二作は「それで思い出したんだけどさあ」というような展開の二作品で、真面目なのかふざけている判然としない味わい。最後のネタは、もうナイツの声で読んでしまうね。

ほぼ日のサイトには「夢を見るにも、才能というものがあるみたいです」と紹介されているけれど、夢をほとんど見ない、あるいは覚えていない自分には正に羨ましい限りの才能。細野晴臣という天才の内側をほんの少し垣間見たような気分になれる本。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年4月26日
読了日 : 2022年4月26日
本棚登録日 : 2022年4月26日

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