この世にたやすい仕事はない

著者 :
  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版 (2015年10月1日発売)
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本棚登録 : 1997
感想 : 296
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津村記久子はいつも何かに腹を立てている印象のある作家だ。少なくともデビュー作の「君は永遠にそいつらより若い」から暫くはその印象は変わらなかった。それが文学賞をいくか取るうちに角が取れ怒りが収まっていくように感じた。例えば「ミュージック・ブレス・ユー!!」の主人公は、自分自身が何に腹を立てているのか解らないままに怒りを外に向かって発していた記憶があるのだが、最近は主人公の怒りが内向するように思える。

そんなこともあり少し遠ざかっていた津村記久子を久し振りに恐る恐る手に取る。この本の中で津村記久子は怒っているのだろうかと訝りながら。結論から言うと「この世にたやすい仕事はない」は「ミュージック・ブレス・ユー!!」の主人公のようにヘッドフォンであからさまに外界をシャットアウトはしないが、へどもどしながら世間様に何とかしがみつくそんな自分に嫌気を感じるくらいには厭世的な30代の女性が主人公だ。そこに自然と作家の等身大の価値観が投影される。だから主人公の不満や不安は作家自身の社会に対するメッセージ性を帯びるように読める。

いつの時代でも後から生まれた世代は「最近の若者ときたら!」という目で見られてしまものだが、今のご時世インターネットやメディアの発達に伴ってお節介な人々との接点も多い上に全てがポリティカリーにコレクトである必要もあり、本来なら理不尽に「理由なき反抗」したい世代にはさぞかしもやもやが発散し難い時代だろうなと想像する。その辺りの、もやもやとも、むかつくともつかない感情、それを描くのが津村記久子の新しい怒りなのかな、と漠然と思う。

でもやはり、と思うのだ。この世には怒りを代弁してくれるものが必要なのではないかな、と。ただ単に出るに任せて口から罵りの言葉を吐き連ねるのではなく、共感できる怒りを代弁してくれるものが。手に持ったアーミーナイフではなく、言葉で凝り固まった感情をほぐしてくれるものが。それが自分自身が津村記久子の文章に勝手に期待しているものなんだということが改めて解ったような気がする。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2016年5月25日
読了日 : -
本棚登録日 : 2016年5月25日

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