流星ひとつ

著者 :
  • 新潮社 (2013年10月11日発売)
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本棚登録 : 661
感想 : 114
5

藤圭子については、残念ながらリアルタイムではないのでよく知らないことも多いし、お嬢さんの宇多田ヒカルの音楽も、ストライクゾーンになる年齢を過ぎてから聞いたので、思い入れは全然ない。題材になった人たちにまったく興味がないので、読むのをやめようかと思っていた。まあでも、ファンブックじゃないわけだし、出てくる人のことをまったく知らないほうが面白く読めることが多いのも経験上知っているので、年末年始の休みに読んでみた。しかも沢木耕太郎は、私が著者名だけで買うほぼ唯一の作家さんなので…(笑)。

恵まれない生い立ちととびきりの才能を引っ提げて、一気にスターの座をかけ上がり、あっという間にそれを投げ出そうとしている歌手と、これからキャリアを開こうという野心と商売心(これはひょっとしたらないのかもしれないけど、まったくゼロではないと思う)を持ったライターのやりとりが、強い酒を仲立ちに始まる。それは一見フランクに見えるけれど、お互いに自分がどう見られているか、どう受け答えを運べば「藤圭子」「沢木耕太郎」として有利なポジションに立てるのかを探っているのが伝わってきて、ぞくぞくする。

そういうシビアなやりとりを感じながらも、ある時点から本音(に近いと思う)を滔々と話し出す藤圭子を追ってみて、「聡明な人だなあ」と思った。おそらく、少女歌手には誰も期待していないほどの鋭さと、論理的思考のできるかただったと思う。同じ金額が支払われるのなら、馬鹿のふりをして目の前の仕事や男性をやり過ごすほうが日々楽で合理的なのは明白だし、事実そうしてきたことも多いだろう。沢木耕太郎は藤圭子が接した中では、かなり良質な部類に入る取材者だと思うが、この仕事も、根本的にはほかの取材仕事とそう変わらないはず。そういう「お仕事感」を超えるきっかけのひとつになるのは、やっぱりあのオルリーの出来事なのかもしれない。霧が晴れるように、藤圭子の記憶が鮮明になっていくこのくだりはとても美しい。並みの小説家はかなわないんじゃないかしら。あと、「会話多過ぎじゃね?」とあげつらわれることの多いラノベ界隈の小説家さんも、ここまでやれたら立派だと思うんですけど(ラノベで面白い作品も多いんですけど、やっぱりそう思うことは多いです、ごめんなさい)。

押すところは押し、引くところは引いて書きとめられた、できすぎなほどの美しいインタビューのかずかずが、どういういきさつをたどってここにあるのかを記した後記が、また素晴らしくて胸にくる。宇多田ヒカルに若き日の母親の姿を伝えるためという意図もあるように聞くが、この本の本当に大切な部分は、藤圭子だけが知っているように読みとれるし、実際そうなのだろう。

それに、この本の奥付けを開いてみると、「あれっ?」と気づくことがひとつある。単純なミスではなく、この年月を踏まえた趣向だと思いたい。思っていいんですよね、新潮社様。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクションも好き
感想投稿日 : 2014年1月2日
読了日 : 2014年1月2日
本棚登録日 : 2013年12月21日

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