モーパッサンをきっちり読んだ記憶がないので、ダウンロードしてみた。訳者は国木田独歩。
ゴーデルヴィルの市の立つ日に、ある男がとったしぐさから始まった事件の顛末。吝嗇家だと思われたくなくて取った行動は、身もふたもなく言ってしまえば、「李下に冠を正さず」という類のものだろうけど、てれ隠しに誰でもちょちょいとやってしまうことだとは思う。でも、男の出身地(狡猾な人間が多いとされている地方)や、市で出会った人との間に以前あったいざこざなど、不利な要素が積み重なっていくと、覆すのは難しい。生きていくうえであまりに単純で、一番めんどくさい類の災難。法律的には何にもなくても、世間というのは過酷で、そのリカバリーの困難さが劇的に、巧みにまとめられている。仏文学の慟哭というか、嘆きは大げさだと思うときも多いけれど、こういう物語には不可欠な要素だと思う。
国木田独歩の翻訳は、なんとなく原文の形を残しつつ(と思う)も、日本語として無理もなく、読んでいてストレスが全然ないように思う。教養のない田舎の男のもの言いや、官吏の口上の書き分けが鮮やかにできる時代の訳文だから、ほぼ言文一致の世界に育ってきている自分にとっては、当時の常識のひとつも、上手さの物差しに数えてしまっているだけなのかもしれないけど。
個人的には、翻訳文学では、訳文の精度というのは年々上がっているけれど、読者にぐっと入ってくる強さ、うまさというのは、前の時代のほうがあったのかもしれないな…とこの作品をはじめ、いくつかのクラシカルな邦訳を読んで感じている。いや、まったく個人的にですよ。
- 感想投稿日 : 2013年2月11日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2013年2月11日
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