過日、札幌を訪れる機会があった。北海道大学総合博物館の一角に、知里真志保のアイヌ語研究コーナーがあり、「知里」という名字に見覚えがあるような気がした。しばらく前にどこかで見かけていた知里幸恵の弟にあたる人だった。
リストに入りっぱなしだった本書を読んでみることにした。
アイヌの少女、知里幸恵が、アイヌに古くから伝わる神謡(カムイユーカラ)をアイヌ語で書き起こし、さらに日本語訳を付けたものである。幸恵の祖母はユーカラの語り手であり、一方で、幸恵は函館や旭川で日本語の読み書きを学び、両方を理解することが出来る立場にあった。
アイヌ語は文字を持たないため、表記はローマ字でされている。左にアイヌ語、右に日本語とほぼ対訳形式になっている。
(おそらく本書で最も有名な)「銀の滴降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに」というフレーズは、アイヌ語では
Shirokanipe ranran pishkan
konkanipe ranran pishkan
となる。
ここに出てくる神々は、ときに、動物の姿をしている。
神々が自ら、自分の経験談を語り、最後に「~と○○の神がいいました」というスタイルが1つの定形であるようである。
「と言って死にました」と遺言にあたるもののようなときもある。馬鹿な悪戯をして「つまらない死方、悪い死方」をしたが、子孫たちはどうぞ真似しないように、と戒めるものもある。気の毒なのだが、どことなくユーモラスである。
鳥でも獣でも、普段は人間のような姿で暮らしており、人間のいるところに出てくるときには、動物の冑をまとうのだという。死んだときにはその魂は耳と耳の間にいるらしい。
狩りをしたら獲物をきちんと祭り、神には捧げ物(御幣)をしなければならない。
死生観や、神や人や動物を取り巻く世界観が興味深い。
アイヌ語の音はローマ字から想像するしかないのだが、「謡」というだけに、リズム感のあるものなのだろうか。メロディもつくのだろうか。このあたりは機会があればCDなどを当たってみたい。
巻末には幸恵を見出した金田一京助と、その京助に師事した弟の真志保の解説が付く。真志保はアイヌ語専攻の言語学者で、東京帝国大学で博士号を取得した後、北海道大学で教鞭をとり、後に名誉教授になっている。学問に関してはかなり峻厳だったようである。
金田一京助の東京宅で、幸恵は本書の執筆に当たる。
幼い頃から心臓病を患っていた彼女は、本書を書き終えた後、19歳で早世する。
彼女は名前の通り、幸に恵まれたのだろうか。
大きな仕事をなしおえて、その魂は、静かに歌を歌いながら、北の大空を旋回しているだろうか。
*青空文庫にもあるが、並べて見ることが出来る点で、書籍版の方が読みやすいと思う。
*『注解 アイヌ神謡集』には単語単位で細かく注があるようだ。機会があれば手に取ってみたい。
*『日本の昔話4』、『5』にはアイヌの昔話がいくつか採られていた。こちらは萱野茂の再話を元にしている。
*ワイド版を借りたのはたまたまです(^^;)。でも老眼予備軍にはこちらの方が読みやすいかもしれません(^^;)。
- 感想投稿日 : 2013年8月7日
- 読了日 : 2013年8月7日
- 本棚登録日 : 2013年8月7日
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