著者 :
  • KADOKAWA (2018年10月31日発売)
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本棚登録 : 207
感想 : 21
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芥川賞受賞作家、2018年の作品。映画化され、今秋、公開されている。映画の方は、私は未見だが、この小説を忠実に映画化することはかなり難しそうなので、相当に脚色されているのではないか。

「本作品はフィクションであり、実在の人物、団体、組織とは一切関係ありません。」とはあるが、「津久井やまゆり園」事件から着想されたことは間違いないだろう。
主人公、というか、主な語り手は、ある園の入所者であり、ベッドの上の「かたまり」として存在し続ける「きーちゃん」(性別・年齢不詳)。その「きーちゃん」が注目している人物が施設で働く「さとくん」である(言うまでもなく、やまゆり園事件の犯人である植松聖(うえまつさとし)を連想させる)。
「きーちゃん」は重度の障害者で、話すこともできず、目も見えず、歩行もできない。彼(彼女?)には人格的な片割れである「あかぎあかえ」と称する人物がいて、こちらは自由に動くことができる。戦争や災害などの記憶も宿し、片耳がない、特異な人物である。
さらに、園の入所者やその関係者が絡む。「ドッテテドッテテ、ドッテテド」とずっと繰り返している老人。評判がよかった一方、ある疑惑があり、おそらくそのことに端を発する事件をきっかけに辞めてしまう職員。入所者の母であり、自らの母親の介護にも苦しめられてきた女性など。

「きーちゃん」の語りは決してわかりやすくはない。ある種、詩のようでもあり、独特のリズムがあり、想念はあちこちに飛び、時にグロテスク、時に重い。それは人間の「業」について語っているのかもしれない。この語りに慣れるまでに少々時間がかかるが、乗れてしまうとさほど読みにくくないように思う。逆にいえば、その最初のハードルを越えるかどうかで読者を選ぶ面はある。

やまゆり園事件は多くの人に衝撃を与えた。
重度障害者には生きる価値がないとし、意思疎通のできない人を惨殺。それに先立って衆議院議長あてに犯行予告も出していたが、常軌を逸していたためか、まともに取り合われなかった。しかし、規模こそ予告ほど大きくはなかったが、ほぼその通りの手口で犯行は行われた。予告には、「障害者は不幸を作る」「全人類の為」といった文言が連ねられていた。
強烈な優生学的発想には、多くが異を唱えるところだろうが、かといって重度障害者やその保護者に本当に寄り添い、人権を尊重するというのはどういうことなのか、また、福祉施設の実態がどういうものなのか、実際に関わっていなければ、漠然と想像するしかない。その「漠然とした想像」に冷や水を浴びせられるような事件ではあった。

本作の「さとくん」は、どこか、光に浮かび上がる影絵のように思える。それは視点が「さとくん」自身ではなく、「きーちゃん」からのものが多いからかもしれない。「さとくん」の表情がはっきりとは見えない。
ひとり、踊りながら楽器でも演奏するように。
明るく、疑いなく、自身を「善」と思い。
楽し気な姿の彼からもたらされるのは、しかし、悪夢である。

「きーちゃん」の語りにところどころ共鳴する部分もあるのだが、とはいえ、乗り切れない部分もあった。
この事件に関して、著者の見ている部分と私自身が揺さぶられる部分がどこかずれているのが原因なのかもしれない。
多重人格とも見える「きーちゃん」は、何らかの象徴あるいは寓意であるのだろう。だが、それを凄惨な事件の被害者に重ねることが妥当であるのか。私には今一つしっくりこなかった。
本当にやまゆり園事件について考えるのであれば、私自身にとってはおそらく、ルポやノンフィクションにあたる方がより適切なのだろうと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2023年12月11日
読了日 : 2023年12月11日
本棚登録日 : 2023年12月11日

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コメント 2件

kuma0504さんのコメント
2023/12/11

ブクログレビューの中には映画と比較した文章がなかったので、この詳しい紹介でやっと腑落ちしたのですが、

映画とは90%ぐらい違う物語のようです。原作読んでないです。

この著者が「あんな」物語作るのがどうしても納得できなかったのですが、なんとなくわかりました。

映画では、あそこまで優しく、共感性もありそうでなさとくんが、あんな「呼びかけて返事をしない」だけで殺しまくるというのに納得できなかったのです。

俳優の演技の限界もあったのかもしれませんが、説得性がなかった。でも、原作はそういう構成ならば、説得性ありそうです。

レビューありがとうございました。

ぽんきちさんのコメント
2023/12/11

kuma0504さん

コメントありがとうございます。

私、映画の方を見ていなくて、ちょっと何とも言えない部分もあるのですが、賛否両論のようですね。
いずれにしても、やはり原作と映画はかなり違いそうですね。

映画を見た方のレビューから推察すると、露悪的な部分がやや強かったのかな、と想像しています。
多くの人の心の奥底に「差別」はあると言われたら、その通りなのかもしれませんが。でもやっぱりそこに引きずられるのではなく、一緒に生きていこうよ、と言いたいところです。
原作の結論がそこなのかというとまたちょっと違うような気もしますが。

映画評ではこのあたり(↓)も考えさせられました。
https://note.com/tokyonitro/n/n44f6aa6caa2a

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