ベルカ、吠えないのか?

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  • 文藝春秋 (2005年4月22日発売)
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1942年、ミッドウェイ作戦の一部として行われた作戦により、アリューシャン列島に属するアッツ島とキスカ島が日本軍に攻略された。しかし、翌43年、アッツ島はアメリカ軍により奪還。これを受け、日本軍はキスカ島から撤退した。人間の兵士は一人残らず引き上げたが、残されたものがいた。
犬だ。
軍用犬は後に残されたのだ。
彼らのうち、あるものは上陸してきた米軍相手に「玉砕」し、あるものは島に残り、あるものは米本土に連れていかれた。

タイトルの「ベルカ」とは何ものか。
地球軌道を初めて周回した動物は犬のライカ(スプートニク2号;1957年)である。当時は生還させるすべがなかったため、その死は最初から規定事項だった。犬が生還に成功するのはその3年後の1960年。その犬、ベルカとストレルカ(スプートニク5号)は、ウサギ、ネズミ、ラット、ハエ、沢山の植物や菌類とともに、初めて軌道周回から生きて帰還した生物となった。
「ベルカ」は、この宇宙犬の子孫である。

物語は戦中・戦後と1990年代を行き来する。
それをつなぐ糸は犬たちの系譜だ。
軍用犬も宇宙犬もそれぞれの伴侶と番い、子孫を残した。
見えざる手に導かれ、彼らの運命は交錯する。
犬たちそれぞれの運命がどこでどのように交わるのか、それがどう現在へとつながっていくのか、それが物語を牽引する。

著者は本作を「想像力の圧縮された爆弾」と呼んでいる。
物語は疾走する。語り手(≒著者)は、折に触れ、語り掛ける。
イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?
犬たちは答える。
うぉん。うぉん。うぉん。
彼らは時に洋上に、時に戦場に、時にブリーダーの犬舎にいる。その運命は必ずしも薔薇色ではない。しかし彼らは生を全うしようとする。番い、子を産み、育てる。
現在形を多用して綴られる彼らの見事な生(時にあっけない死)は、不思議な高揚感を誘う。
そして物語は1990年代へと収束する。

91年に起こること。
それはソ連の崩壊である。
物語はそこに犬たちの叙事詩を結び付けようとしているのだが。

個人的には、この試みがうまく行っているのか、よくわからずに終わった。
序盤から中盤は非常に引き込まれて読んだのだが、90年代部分には終始ピンとこなかった。あるいはロシア史をよりよく知ればもう少し乗れたのかもしれないが。謎の老人には若干の魅力を感じる一方、ヤクザの娘やその父親、ロシアマフィアとのあれこれには魅かれる点が少ない。好き嫌いで物を言っても仕方がないが、理屈でどうにかできないのが好き嫌いでもある。
そう言ってしまっては身も蓋もないが、そもそも軍用犬の生き残りと、宇宙犬、ひいてはロシア史を結びつけるところにやや無理があったのではないかという気もしてきてしまう。いや、着眼点はすごいと思うのだが。
途中までは熱中していたので、絶賛のレビューが書けずに残念である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2024年1月22日
読了日 : 2024年1月22日
本棚登録日 : 2024年1月22日

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