ドレの神曲

  • 宝島社 (2009年12月14日発売)
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感想 : 35
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『チェーザレ』シリーズ、2巻・7巻で、「『神曲』、おもしろそう」と思い、完訳版を1冊購入したものの、いきなり取りかかるのはちょっとハードルが高いか、と、ギュスターヴ・ドレの絵を中心に、抄訳がついたこちらをまず読んでみた。
以前読んだ『いま読む ペロー「昔話」』の挿絵にドレの絵も何点か収録されており、もう少し見てみたいと思っていたので、その意味でもちょうどよかった。

『神曲』は古典中の古典である。ルネッサンスの導火線となった作品ともいえる。
深い森の中を迷い歩くダンテが、天界にいるかつての恋人ベアトリーチェの計らいにより、詩聖ヴェルギリウスを導き手として、地獄・煉獄・天国を巡り、その様を語る形式である。
構築される世界は、キリスト教をベースに、ギリシャ神話も取り込み、そしてまた、当時のイタリアの人々の耳目を騒がせた事件を盛り込む、ダイナミックなめくるめく舞台である。歴史上の人物に加え、ダンテの友人、政敵も登場し、思わぬ罰を受けたり、ダンテに胸の内を明かしたりする。神聖でありつつも三面記事的な匂いも漂う。
冥界のあれこれに目を奪われ、戸惑うダンテを、ヴェルギリウスは時に優しく、時に厳しく導く。
その縦横無尽な筆には息をのむ。
地獄は下へ下へと続く。罪の軽いものから罪の重いものへ。降りれば降りるほど罰は過酷になっていく。
地獄と煉獄の間では重力が反転する。ダンテとヴェルギリウスは驚くべき方策でこの境界を越える。煉獄にいる人々は地獄の人々ほど罪深くはないが、悪しき性情や習慣といった浄めねばならぬ罪がある。これを償うには長い長い時間、試練に耐え、煉獄の山を登らなければならない。
その先にあるのが天国だ。もちろん、煉獄からもすべての人がたどり着けるわけではない、至高の場所である。

ドレはダンテから500年ほど後、アルザスに生を受ける。ミケランジェロの再来とも言われた卓抜した才能の持ち主である。
本書に収録されたドレの描く絵は、端正で細密である。木口木版と呼ばれる、木質の硬い木の木口を版面に用いた版画である。1861年に発表された「ドレの神曲・地獄篇」は、破格の大きさや価格の高さから、版元が見つからず自費出版を余儀なくされたという。だがこれが大きな評判を呼び、ドレはこの後、古典シリーズをどんどん発表していく。
いずれもすばらしい絵だが、東洋人である自分は、死者たちの隆々たる肉体に幾分の違和感を覚える。ルネッサンス的ともいえる重量感あふれる均整のとれた体は、目に圧倒的だが、地獄の死者の惨めさをやや削いでいるようにも見える。このあたり、肉体が朽ちることに対しての感覚がそもそも違うのかもしれないとも思う。
一方で、悪魔の造形や天界の輝かしさは、想像の世界を描き尽くすようで、絵を見る喜びを感じさせる。

概要ではあるが、ストーリーを追っていくと、ダンテこそがこの物語を一番楽しんだ読み手であっただろうと思えてくる。
自ら、政敵に陥れられ、深い森の中に迷うような境遇にありつつ、生身は現世にある一方で、心は陰惨な地獄をつぶさに眺め、幾たびの苦難の果てに、輝く天界へと向かう。その先には、永遠の恋人が待っているという確信とともに。

これはある意味、「行きて還りし物語」のはずである。生者が行くはずのない冥界の有様を現世に戻ってきたはずのダンテが語っているのだから。
冒頭部は、さまようダンテの前に、あこがれの詩聖が現れるシーンで始まる。しかし、フィナーレは天界の至福のうちに終わる。ダンテがいかにして戻ったか、そしていかにしてこの物語を綴ったか、それは本題ではないことなのだ。
苦労の果てに天界にたどり着いたダンテの見る光の、なんと輝かしく、なんとまばゆいことか。

ダンテが『神曲』を書き終えたのは晩年だという。
彼の魂は、真にベアトリーチェの元に迎え入れられただろうか。
彼は幸福のうちに息を引き取っただろうか。
彼が真に天に召されたとき、まばゆい光は脳裏に満ちただろうか。


*ドレが描く圧倒的な数の(無限を思わせる)亡者や天使の集団は、『芸術の蒐集』を思い出させます。

*ドレは古典を自らのイラストで飾るという強い意欲があり、他にも「聖書」「失楽園」「ドン・キホーテ」「ラ・フォンテーヌ童話」などの絵を描いています。

*西洋でも東洋でも、地獄とは下へ下へ潜っていくものなのですねぇ。(cf:『地獄絵を旅する: 残酷・餓鬼・病・死体』)。地獄の描写など、『往生要集』などと読み比べたりしてもおもしろいのかな・・・? ちょっとおいそれと読めるかわかりませんが。

*いずれにしても、本書は本書で解説も含め勉強になったのですが、そのうち完訳版に挑戦したいと思いますf(^^;)。さて、無事に旅を終えられるか、もしも終えた暁には、またレビューを書きたいと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 詩・俳句・短歌等
感想投稿日 : 2014年12月2日
読了日 : 2014年12月2日
本棚登録日 : 2014年12月2日

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コメント 2件

yuu1960さんのコメント
2014/12/02

http://booklog.jp/item/1/4041576261
阿刀田さんによるとダンテはベアトリーチェに2回会っただけ。口をきいたことはない。政敵を地獄で苦しむことにしたりと、変な人だったようです。
でもいつか、神曲に挑戦したいものです。

ぽんきちさんのコメント
2014/12/02

yuu1960さん
コメントありがとうございます。

>2回
あはは。でも何か、わかるような気もします。そうであってこそ、清らかな完全な乙女の像が作れたのかも。
政敵を地獄に堕としたというのも人間くさいというか、ダンテの歯ぎしりが聞こえそうです(^^;A)。
なんというか、エネルギーのある人だったんじゃないかなぁと思います。
私も完訳版、いつか読んでみようと思います~。

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