戦下の淡き光

  • 作品社 (2019年9月13日発売)
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感想 : 23
5

『イギリス人の患者』のマイケル・オンダーチェの7年ぶりの作品。

冒頭は印象的な一節で始まる。
1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した。


物語は大きく2部構成である。
前半は、親と離れ、見知らぬ他人の中で大人へと成長していく少年の物語。
後半は、その十数年後、母の謎めいた過去に迫っていく青年の物語。

終戦後まもないロンドン、「僕」=ナサニエルの父は、海外に赴任するために家を後にし、その数週後、父に合流する形で母も旅立っていった。
残されたナサニエルは14歳、姉のレイチェルは16歳前だった。
2人の面倒や、その他、家にまつわる諸々のことは、下宿していた男に任せようというのだから、暢気と言おうか不用心と言おうか。
だが、戦後の混乱期のごたごたからか、妻が子供の世話より夫を優先するのは当然と見られていたためか、大きな異を唱えるものもなく、子供たちはさしてよくも知らぬ他人に託されることになる。
下宿人の男はびくびくした態度から姉弟に「蛾」とあだ名されていた。胡散臭い「蛾」は、ほどなく、姉弟の家に、自分の仲間を引き入れるようになる。その中で最もナサニエルと深く関わるようになるのが、「ダーター(矢魚)」と呼ばれる元ボクサーだった。

父と母の旅立ちにはどこか謎めいたところがあった。
母がいなくなってしばらくした後、姉弟は、地下室に、母が持って行ったはずのトランクが残されていることを知る。
母は旅立ってはいないのか。どこにいるのか。
謎が解けぬまま、少女と少年は、見知らぬ大人たちの間で時を過ごし、思春期を抜け、大人になっていく。

ナサニエルは学校をさぼりがちになり、ダーターと行動を共にするようになる。彼に命じられる「仕事」は犯罪まがいのものなのだが、にもかかわらず、その日々の描写が繊細に美しい。
ドッグレースに出すために売買されるグレイハウンドたち。ダーターが操るムール貝の漁船。テムズ川河畔の地名や目印。ひと気のない空き家への侵入。
少年は安レストランのウェイトレスと初めての恋に落ちる。
不品行でありながら充たされた日々は、しかし、突然、乱暴に断ち切られる。その背後にあったのは、母の「秘密」だった。

第二部で、大人になったナサニエルは情報部に職を得る。秘密書類を盗み見ることで、母にまつわる秘密が徐々に明らかになっていく。
母は戦前から、諜報活動に身を投じていた。戦争が終わってもそれは終わることなく、続いていたのだ。
ナサニエルは母の過去へと遡っていく。
時にその描写は、母や母を取り巻く人々自身の語りとなり、ナサニエルの視線と混じり合う。著者が「ダブル・ナレーション」と呼ぶ手法は、物語に豊潤なふくらみを産む。

若かりし日の母の肖像もまた魅力的である。
彼女がその道を選ぶには彼女なりの理由があったわけだが、しかし、その手は多くの血にまみれ過ぎた。
最後には母はその責を負わねばならない。
そして母の旅路を辿り終えたナサニエルは、自身の初恋の苦い結末も知ることになる。

戦争を軸にしながら、ノスタルジックで哀切に美しい。
原題の”Warlight”は「戦時中の灯火管制の際、緊急車両が安全に走行できるように灯された薄明かり」を指すという。
かすかな光に導かれた旅路の余韻が胸に深く沁みる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2019年12月16日
読了日 : 2019年12月16日
本棚登録日 : 2019年12月16日

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