日経サイエンス 2016年 08 月号 [雑誌]

  • 日本経済新聞出版社 (2016年6月25日発売)
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特集は量子コンピュータとがん免疫療法の二本立て。
いずれも、発想をいかに実用化するかがカギだ。

量子コンピュータは、量子力学の特性を利用して、これまでにない情報処理・通信能を達成することを目標とするコンピュータである。
一番の問題は、実用化に耐えられるほどの大規模化が困難であることだ。量子力学的ふるまいはミクロのレベルでしか観察されず、粒子が多数存在するようになると、これまでの古典的法則に従うようになるためである。このため、小さい量子コンピュータ・モジュールをたくさん作り、それを最小限のリンクで繋ぐことで、量子力学的ふるまいを保ったまま、大規模化する試みがなされている。
量子コンピュータが暗号面で期待されているのは、シュレーディンガーの猫の話にあるように、量子力学的には、観測した時点で痕跡が残るためである。送信者と受信者の間で、誰かが暗号を盗み読みしようとすれば、必ずその跡が残る。この場合はカギを直ちに変更することで対処可能となる。現行のシステムではカギは長期間使われることが多いが、量子コンピュータならば、1秒ごと、1分ごとといった短期間でカギを交換することが可能であるという。
だが、逆の面から見ると、量子コンピュータが実用化されれば、現在の暗号が読み取られてしまう危険性がある。量子コンピュータでは大規模な並列計算を行うことが可能であるからだ。
「破られぬ暗号」を作るのが先か、「今の暗号を見放題」になるのが先か、いずれにしろいたちごっこなのかもしれない。

がん免疫療法は、ここ5年で大きく進歩してきている。実際に効果が現れ、治癒に向かう人が出てきているのだ。この療法は、基本的には、患者本人のがんに対する免疫を強化することで作用する。現行の主なアプローチは3つ。
1)免疫チェックポイント阻害剤
2)樹状細胞ワクチン
3)キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T)
である。
1は、T細胞が免疫系暴走を監視するポイントのブレーキを外すものである。がんは免疫系が自分を攻撃しないよう、普通の細胞と同じタンパク質を身に纏うことで、T細胞にがんが異物ではないと思い込ませている。このタンパク質を認識できないようにすることで、T細胞が活発に働けるようにしようとするものだ。
2.は体内で異物を見つけるパトロール役である樹状細胞を身体から取り出し、がん細胞の特徴を教え込ませた上で体内に戻す。こうすることでがん細胞を効率よく見つけて叩くことが出来る。
3.はT細胞とB細胞の両方の特性を持つような細胞で、がん細胞の特徴を認識する分子を細胞表面に持ち、この特徴を持つがん細胞すべてを破壊することが可能である。
こうした療法は効果を示す例も増えているが、個人差があったり、固形腫瘍には効きにくかったりと万能ではない。
患者の反応を見極めつつ、他の療法と組み合わせたり、アプローチを変更したり、試行錯誤が続いている。

その他、太陽系は実は特異な惑星系で、その奇妙な構成には初期の激動が関与していたといった話題も興味深い。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2016年7月28日
読了日 : 2016年7月28日
本棚登録日 : 2016年7月28日

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