トマス・ピンチョン全小説 スロー・ラーナー (Thomas Pynchon Complete Collection)

  • 新潮社 (2010年12月22日発売)
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感想 : 19
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アメリカを代表するカルト作家の唯一の短篇集 
本書は2年前に刊行された新訳(佐藤良明)です。作者のトマス・ピンチョンは謎の作家(公式の場に現れない)にして寡作(時には10数年のブランク)、しかし待ちあぐねた作品はどれも長篇(どちらかといえば超長篇)で期待に違わぬ良質なもの(彼の先鋭的な読者は失敗作という基準を放棄している)、ゆえに本書はピンチョンの学生時代(1950年代後半)の習作が読めるということで貴重なものとなっています。
処女作にはその後の作品で開花する要素のすべてが胚胎してると言われますが、解説によればピンチョンにとってこれらの小品は本番前のリハーサルのようなものだったそうで、事実、本書の最初に掲げられる「イントロダクション」(作者自身による言い訳)には、これらは徒弟による試し書きで、今読むのは当人にプライドにとってたいへん辛いことだ、と書かれています。「学習遅滞者」というタイトル自体が自虐的です。
「スモール・レイン」や「ロウ・ランド」は当時流行の実存主義的な香りのする文学志向の作品です。「エントロピー」はその題名と共に長篇を除けば、ピンチョンにとって最も有名作品。訳者によれば、アメリカの名高き文芸誌に掲載(1960年春)され、後の年間ベスト・ストーリーの一遍にも選ばれたそうだ。ピンチョンの作品のを読むのに別に物理学や化学、情報工学、量子力学といった知識は必要ありません。それらは他の多くのオタク的サブ・カルチャーへの言及と同じような扱いでよろしいかと思います。あくまでも記号として分っているつもりで読み進めばよろしい。
「アンダー・ザ・ローズ」はある国のさほど遠くない過去における出来事、スパイやエージェントがうごめく歴史の表舞台、錯綜する思惑、ゆえにことはシナリオ通りには進まない。
「シークレット・インテグレーション」はピンチョンにしてはビックリするくらい真面目で正統な作品。凝っているのは題名くらいか。これは雇われ職人が注文に応じて作ったものらしい。雇い主は「サタデー・イブニング・ポスト」。これを通俗と片づけるほど僕はシニカルにはなれません。素直に楽しめるし泣けました。イマジナリー・フレンドを中心とした少年たちの、ささやかな反抗のためのはかなき紐帯。僕にとってはスティーヴン・キングの「THE BODY(死体)」(映画スタンド・バイ・ミーの原作)に匹敵する思春期小説です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2012年10月8日
読了日 : 2012年5月18日
本棚登録日 : 2012年10月8日

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