オールマイティ

著者 :
  • 文藝春秋 (2011年3月18日発売)
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感想 : 12

スポーツ選手というと逞しい身体で、
元気が良くきびきびとした印象があります。
明るくて快活、しかも仲間思い。
チームの勝利を目指し
集団の規律を重んじるイメージもあります。
ただ大きな身体の集団が居ると、
大きな声とも相まってちょっと怖くも感じます。
ガサツだと感じることも無きにしも非ずです。

そうしたスポーツ選手のイメージからすると、
自分に自信が持てずうじうじと悩む。
恐怖で夜眠ることが出来ない。
なんてことは、まったく無縁に見えます。
イメージが結びつきません。
でも実は多くのスポーツ選手が、
そうした心を抱えているのではと思います。

スポーツ選手はいつも戦いの場に居ます。
勝つか負けるかギリギリの興奮の中に、
たえず身と心を置いています。
命を取られるわけではありませんが、
毎回それに近い緊張を強いられます。
逆にいえば、そのスリルと興奮が、
スポーツの醍醐味だともいえます。

けれど勝利は一瞬です。
またすぐに次の戦いが始まります。
目の前の敵を倒せば、更なる強敵が現れます。
終わりのない戦いの連続です。
相手と戦ううちに、
やがてその刃は自身へと向かっていきます。
自分の才能、努力、運。
すべてのものが時に拠り所となり、
時に不安材料となります。
戦いの消耗の中、信じるべきものが、
信じられなくなる想いがよぎります。
目の前の敵をいくら倒しても、
次はやられるんじゃないかと不安は尽きません。
心はもろく不安定に揺れます。
そうした弱い心を奮い立たせて、
砂上の上にスポーツ選手は立つのです。

そこを打ち破れるかどうか。
それが本物の一流になれるか、
一時的な名選手で終わるかを分けていきます。
スポーツ選手は傍からは強い存在に見えますが、
強くあり続けることを求められ、
実際に強くあり続けなくてはいけない、
過酷な役割なのかもしれません。

この物語の主人公はプロ野球選手のエージェントです。
金儲け主義だとマスコミや世間から批判されながら、
実は選手を守ることを専らとします。
契約するクライアント選手のために、
最大限の努力と犠牲を払います。
球団側に対してタフな交渉を行い、
選手がプレイに集中できる環境を担保し、
しかるべく経済条件を勝ち取ります。
選手にとっては頼りになる、球団にとっては厄介な、
敏腕エージェントです。

クライアントである投手の入団交渉と、
過去に契約していた打者の失踪事件をベースにして、
物語は展開します。
二人は同い年の選手です。
頂点を極めつつある球界を代表するエースと、
無残に落ちぶれた過去のスラッガー。
栄光と衰退が日常的に交差するのは、
スポーツの世界では日常的な風景かもしれません。

主人公が交渉を進め、失踪事件を追ううち、
真相が明らかになります。
そこで描かれるのはスポーツの負の世界です。
勝利や栄光が人を迷わせ、衰退が人を荒ませる。
強くあるべきはずのスポーツ選手の弱さが、
くっきりと浮かび上がります。

そんなスポーツ選手と対照的に、
エージェントである主人公はひたすら強い。
見誤ることなく、
歩むべき道をまっすぐに進んでいきます。
実は彼もまた元プロ野球選手なのです。
その強さもまた、
スポーツで培われたもののように思われます。

過大でも過小でもないスポーツ選手の
等身大の姿を感じさせる物語です。

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感想投稿日 : 2021年5月27日
本棚登録日 : 2021年5月27日

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