ブラッドベリは火星や金星やその他宇宙の様々な場所を作品の舞台に選ぶのだが、結局のところ彼が描くのは地球人、すなわち我々人類だ。彼の作品は一種の思考実験のようなもので、人間のある一面を描写するために最適な条件を作り出しているのだ。それが、ここでは宇宙というわけである。
この短篇集のなかでも『万華鏡』は、道具立ての妙が特に光っている。ロケットから宇宙空間にばらばらに投げ出された男たちという特異な状況。この理想化された条件こそ、まさに思考実験の真骨頂だ。想像力は自由であり、小説家はどんな設定でも創造することができる。
物語に幕が下りたとき、読者はきっと自らの生と死のことを思うことだろう。そして、目の前にした舞台装置がどんなに優れていたかに気づくだろう。ないた。
解説にあるように『感受性をはぐくむ者と、はぐくまぬ者とのたたかい、想像力を尊重するものと、尊重せぬものとの葛藤――つまりは、芸術と非芸術との闘争』というのがブラッドベリの小説のひとつの大きな主題となっている。(なお、このテーマが最も顕著に現れているのが『華氏451度』だろう。そこでは本を愛する人間と本を燃やす人間の相克が描かれた。)
この主題は本書でも健在で、『亡命者たち』や『コンクリート・ミキサー』といった物語にはとりわけ色濃く感じられる。強く印象に残ったのは、そのどちらにおいても芸術は敗れ去るという点だ。実際的で無味乾燥な世界の前に、あるいは低俗で堕落した世界の前に。
実のところ、こうした感覚は現代の私たちにとっても決して縁遠いものではないのではないかと思う。電車に乗り合わせた人々がほぼ全員スマートフォンに釘付けになっている、この世界では。
地球人がとうに失ってしまった感受性、想像力、そして芸術は、今も火星に生きている。ブラッドベリのこうした空想は幾分感傷的に過ぎるが、それでも彼を信じたくなる夜もあったりする。
- 感想投稿日 : 2013年5月2日
- 読了日 : 2013年4月30日
- 本棚登録日 : 2013年4月30日
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