長いのに退屈せず読めた。読むと心が軽くなる。感動なんていう読後感は最も縁遠いのだろうけれども、それでも文章や話の運びの巧みさに感嘆せずにはいられない。
深刻に悩んでいる人間を深刻に書くのでもなく、悩んでいない人間をささっと書くのでもなく、重苦しく悩んでいる人間を軽やかに描く。時には台詞にじっくり字数を割いたり、言葉の間の考えごとや気持ちの流れを丁寧に描きながら、飛ばすところはさらりと飛ばす。曖昧な気持ちの動きも曖昧なままを明快に書く。そうした丁寧さから伝わってくるのは、茶化した書きぶりとは裏腹に、これこそ愛であるなんて言いたくもなる。
一人称小説ながら、あまりそんな感じがしない。それは語り手が生活を持ってそれなりに忙しそうだし、いろんな人と関わって話を聞いているからだろう。私小説らしい偏った重心の置き方はない。しかしながら、どこにも重心がない三人称小説とは違って、むしろ多重心だと言いたくもなる。それぐらい人物が活き活きとしている。
もう少し中身に踏み込むなら、やっぱり私小説の語り手には普通ならないような語り手の立場がいい味を出しているのだろう。周りの人間の方が、刑務所に入ったり大げさな演説をぶったり大学をやめたり駆け落ちしたり、よっぽど劇的だ。そこから少し離れた人物だからこそ、いくつもの私小説を併走させつつ軽やかに昇華させる芸当ができたのだろうなと思う。
また丸谷才一は読みたい。
読書状況:読み終わった
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- 感想投稿日 : 2016年12月15日
- 読了日 : 2016年12月15日
- 本棚登録日 : 2016年12月15日
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