この感想を書くには自分があまりにも無知過ぎて、どう言葉を選べば良いのか…本当に難しい。
でも、何か書かないと忘れていってしまう。それだけは避けたい。
著者の河合香織さんは、自身の出産も非常に困難だったことから、出生前診断の誤診をした医師を提訴した女性の事を人ごととは思えず、彼女に会わねばならないと強く感じたそうだ。
あとがきには、「取材を始めて5年の月日が経った」と書かれていたから、いかに長く河合さんがこの件とそれを取り巻く様々な問題に向き合っていたかが伺い知れる。
この本では、優生保護法についても書かれているが、かなり掘り下げて調べ、取材もされている。それは、出生前診断が優生思想と繋がるものだとする考えからに他ならない。出生前診断は突如として現れたのではなく、優生思想から生まれた優生保護法から続くものなのだ。
出生前診断による「命」の選別。非常に難しいテーマだ。
その立場に立ったことのない私には、どちらを選んでも心に何らかの禍根は残るであろう、ということくらいしか言えない。
以下に印象に残ったフレーズをあげておく。
・「なんでもかんでも人間がコントロールできると考えて抗っている社会ですが、それが本当にいいことなのかと思うのです」ダウン症児をもつ弁護士の言葉。
・「医師の言うことを患者が何でもきく時代ではないのは、間違いない。しかし、医療において大切にされることが、訴訟を起こされないことだとすれば、その代償は大きい」著者の言葉。
・「医療者は親の意思決定を支える立場で、本当の自分の思いを隠していなければいけません。育てていくのは親御さんです。けれども、どこまで親は意思決定できるものなのでしょうか?子どもの立場に立ったらどうでしょうか?本来はその子どもの生命力で生きるか生きられないかは決まるのだと思います。
思い障害があれば、生きていても苦しいことも多いかもしれない。けれども、中絶の痛みの方がもしかしたら大きいかもしれない。餓死の方がずっと苦しいのかもしれない。なぜ親がそれを決められるのでしょうか」高田助産師の言葉
・「女性の権利運動の成果として中絶が合法化された欧米諸国とは違い、日本では歴史的に中絶と優生が抱き合わせの状態から始まったため、退治条項を議論するときに優生思想との関係を避けて通れない。
勧告があったのちも、国会などの公の場において、あるいは新聞やテレビなどのマスメディアにおいて、胎児の障害を理由とした中絶、いわゆる胎児条項についてはほとんど踏み込んだ議論がなされることは未だない」著者の言葉
・光はずっと命を選択する時は、「崖に落とされそうになって指一本でつかまっているギリギリのところで判断する」と話していた。原告光の言葉を著者が引用
・「重視されるべきは女性の自己決定権なのか、障害者の尊厳なのか、公共政策なのか、医療なのか」優生保護法を巡る裁判を受けて著者の言葉
・「絶対の悪もないし、絶対の善もねえんだよな、本当は。その人にとっては悪でも、別の人にとっては善だよな」光の父の言葉
2019.11.30
- 感想投稿日 : 2019年12月2日
- 読了日 : 2019年12月1日
- 本棚登録日 : 2019年9月27日
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