新書481 創価学会と平和主義 (朝日新書)

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  • 朝日新聞出版 (2014年10月10日発売)
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わたしは創価学会の会員ではない。
この本を手に取ったのは、創価学会というのがどういった存在なのかを理解したかったからである。入会したい、とかいうわけでもない。
一通り読んで思ったのは、日蓮正宗というよりも、創価学会は池田大作さんそのものである、というように思えた。全ては池田大作さんを中心としている。もちろん、南妙法蓮華経は唱える仏法なのではあるが。それが一番の印象である。
宗教的観点から見えれば、世俗化することもなく、お題目を唱えるなど、信者の日常生活を律している場面は多く、秩序のある宗教だという印象だ。「生きている宗教」という意味もわかる。
憲法二十条は少し誤解していた、
『信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。』
これは国やその機関が宗教を国民に強制してはならないことを述べているのであって、宗教が国(政治)に関与することを禁止しているわけではない。それであれば、創価学会が政界(公明党)に積極的に進出しても良いわけだ。

池田大作さんの名言より『星々のかけらから生命が誕生したことを思うと、この宇宙それ自体が生命的存在であるといえよう。星々も地球も、華も木々も人間も、すべて同じ次元から発して、今ここにある。ゆえに人間は、全宇宙の一体なのである』というのはわたしも同じように思う。人間も自然の派生物であるのならば、人間が大気汚染などをするものも自然がバランスをとった結果なのではないかと、その温暖化対策を行う人間の行動もまた自然のひとつなのだと。

わたしの宗教に関して言えば、典型的な無宗教系といえる。世俗化した浄土真宗であり、葬式の時に「南無阿弥陀仏」と唱えるだけである(お盆やお彼岸などは墓参りしますよ)。わたしはそれで良いと思っている。それもまた時代の流れ、自然の流れなのだと。もともと宗教とは人が救済を求めるために、今よりもっと幸せになりたい、変わりたいという思いから入信するものだと思う。現状に満足しているのであれば、それ以上は不要だ。
それに神道も好きだし。日本人のモノを大切にする心は神道が深く関わっているとわたしは思う。日本八百万の神、モノを大切にすれば、そのモノにも魂が宿る。それが根幹にあるだと思う。針供養などのその表れだね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 新書
感想投稿日 : 2018年3月12日
読了日 : 2018年3月8日
本棚登録日 : 2018年3月9日

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