浮雲

著者 :
  • 青空文庫 (2008年12月25日発売)
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感想 : 3
4

『浮雲』というと、日本初の言文一致体で書かれた作品ということで有名である。しばしばカタカナで書かれている文章が現代っぽさを感じさせ、登場人物の性格や特徴をよく引き出しているようにもみえる。リズムを刻むように文章が書かれているために、恋を題材とした話は少し重さを感じそうなところを、上手くユーモアな感じに仕上げている。

この作品を読む前は「不器用な男が好きな人に夢中になりすぎてクビになり、そのままウダウダと過ごす」というようなことを聞いたことがあり、失恋を描いた暗い作品だと思い込んでいた。しかし読んでみるとそんなことはなく、とてもユーモアな描写が多くて面白い作品となっている。

主人公である文三があまりに不器用で読み手としては始終モヤモヤする感じが残るが、その不器用さがとてもリアルに描写されていて、現代にもこのような人は沢山いるのだと思う。フワフワとした主人公の行動からまさしく『浮雲』というタイトルに納得を覚えた。現代でいう「無職の草食系男子」といったところだろうか。

そしてその文三の友人である本田は文三とは正反対でとても世渡り上手である。この対照的な二人がお勢という一人の女性を取り合うわけだが、お勢に思いを寄せながらもなかなか告白をしない文三にじれったさを感じる本田と読者。無論文三よりも器用な本田は上手いようにお勢と親密になってしまうのだ。その後お勢に夢中になるあまり役所を免職になった文三は、想いを寄せる気持ちにすっかり自信をなくし、あらぬことばかり妄想にふけり、何の進展もなくそのまま終わっているのだが、その妄想を含めた心の葛藤は現代人が見ても十分に興味を惹かれるものがあり面白く読めるようになっている。読み進めるほどに読みやすくなっていく本である。先ほども言ったように文章にリズムを感じる感覚があり、江戸から明治にかけての時代背景であるにもかかわらず、現代にも通じる内容である。

主人公である文三の振る舞いに少し苛立ちや違和感を覚えながらも、思想の深さには作者の思いや苦悩が詰まっているのが分かる。解説には未完だと書いてあった。確かに、もう少し続きを読みたくなってしまう。

明治時代の人間が現代の人間と全く同じ感性を持って生きていたということがわかった。その同じ人間が、その後戦争に直面したりする。浮雲は色々と考えさせられる名作だ。文三と勢のその後が大変気になるところではあるが、トンボ切れに終わってしまうのもこの作品の魅力だろう。このように不明のまま終わらせる作品を初めて読んだが、なぜか引き込まれる感覚を味わえて、これはこれでよいのだと感じさせられた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年10月11日
読了日 : 2021年10月11日
本棚登録日 : 2021年10月11日

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