最澄と空海(小学館文庫) (小学館文庫 う 7-3)

制作 : 梅原猛 
  • 小学館 (2005年5月11日発売)
3.54
  • (9)
  • (19)
  • (25)
  • (2)
  • (2)
本棚登録 : 256
感想 : 19
3

平安時代、その後の日本の仏教を方向付けることとなった天台宗と真言宗をひらいた最澄と空海を、対比しながら取り上げている。

それぞれがどのような教えをどのような過程を経て作り上げていったのかが、非常に分かりやすく書かれていた。この二人の宗教家について知るだけでなく、二人が開いた宗派の教えに関する解説を通じて、仏教の歴史についても知ることができる内容になっている。

本書を読むまで、空海は孤高の天才というイメージがあり、一方の最澄は比叡山を開いたことなどを通じてあまたの弟子を育てた組織力の人というイメージを持っていたが、本書を読んで自身が持っていた二人に対するイメージを一部修正することになった。

最澄は、文章も感情が豊かで、仏教の神髄を知りたいという一途な想いをもった信念の人であったようだ。かれは、東大寺で受戒したにも関わらず南都仏教の世界での栄達に背を向けて比叡山にこもり、世俗化した仏教とは異なる新しい仏教の根拠地を立ち上げようとした。また、総合的な仏教の教えを確立するため、奈良仏教随一の学僧である徳一と徹底的に論争したり、一方で密教の神髄を唐の都で学んできた年下の空海に対しては何度も教えを請うなど、目的に向かって一心不乱に進んでいく最澄の姿が描かれている。

もちろん、桓武天皇との信頼関係を梃に国家公認の仏教としての地位を確立したり、比叡山をいわば仏教の総合大学といえる形にまで発展させるなど、政治力、組織力も抜きんでたものがあるが、それでも最澄自身の根幹にあったのは、やはり非常に純粋な求道心であったということを感じる。

一方の空海は、万能の天才とも言われ、死後長い間神格化ともいえるほどの尊敬を集めてきた僧である。しかし、本書で描かれている姿を見ると、それだけではない姿も見えてくる。

例えば留学生として20年の期間を定められていながら僅か2年余りで唐から帰国した際に、どうやって自身の正当性と価値を都の天皇や仏教界に認めさせるかといった知恵や、嵯峨天皇と上手に付き合うことで、密教の地位を鎮護国家のための仏教として確固たるものにするなど、人との関わりという社会的な技量にも非常に長けた人物でもあったことが分かる。

筆者はこのような二人の特徴を踏まえて、最澄は一つの確固たる中心点を持ち、そこから同心円状に全方位に発展していく「円型人間」、空海は天才的な知性と隠遁を欲する意志を持った宗教家としての側面と人事や書、土木事業まで超一流の能力を発揮する世俗的な才能という2つの中心の間を自由に移動する「楕円型人間」と述べている。この説明は、二人の人物像を捉えるうえで、非常に分かりやすい説明だったと思う。

本書ではまた、天台宗と真言宗がどのような教えであり、それがインド、中国の仏教の体系とどのように繋がっているのか、そしてその後の日本の仏教にどのような影響を与えたのかについても、分かりやすい説明をしてくれている。

天台宗は『法華経』を重視するということからも分かるように、すべての人に仏性の存在を認め、すべての人が救済されることを説く。このような教えが、神道の持つアニミズム的な要素とも響き合いながら、自然界も含めてすべてのものに仏性を認めるという日本仏教の中心的な思想を生み、鎌倉時代に生まれた浄土系の宗派などに繋がっていく様子が、大変よく理解できた。

また、これらが最澄の実践的な戒律、教育論によって、比叡山において発展していくことになったという点も、最澄のまとめた「六条式」、「八条式」、「四条式」などを取り上げながら、詳しく説明している。

空海密教については、その最大の特徴である「即身成仏」という考え方が詳しく説明されているところが参考になった。空海の考えでは仏とわれわれは同じものであり、それゆえわれわれは仏を自らの身体に呼び込むことができるという。

そのため、密教では、「三密」と呼ばれる身密、語密、意密を通じて仏を我々のなかに引き入れるための行の実践を重んじる。

そして、修行を通じて涅槃に入ることで成仏できるという釈迦仏教の考え方はもちろんのこと、「欲望を否定する」というこだわりからも離れ「有でも無でもない空」の状態を説いた大乗仏教でさえも、仏と我々衆生を区別しているという点でまだ中途半端ということになる。

密教である真言宗は、その教えが行の実践を通じて仏を体感することに重きをおいているがゆえに、その内容を書物や説明で理解することは難しいが、本書の説明を読むことで、少しその世界を知ることができた。

最澄と空海という平安仏教の二大巨頭について、その人物像から教えまでここまでバランスよく分かりやすい説明をしてくれる本はあまりないのではないかと思う。また冒頭にも述べたように、仏教の理解や日本人の宗教観などを知るうえでも、非常に有意義な本であると感じた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年12月23日
読了日 : 2021年12月22日
本棚登録日 : 2021年12月14日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする