国政改革を断行する上での障害となっていた蘇我氏を排除するため、中大兄皇子と中臣鎌足が首謀者となってクーデターを行う。これが学校で習った大化の改新の姿である。だが、筆者は真の首謀者はのちに孝徳天皇として即位する軽皇子であり、皇極天皇から孝徳天皇への生前譲位が行われたことこそ大化の改新の意義であると主張する。
欽明天皇以後、王位の世襲が始まる。6世紀に入ると敏達統と用明統の対立があった。皇極天皇の配偶者であった舒明天皇は敏達統に属しており、彼の次は用明統の山背大兄王が即位するはずだった。したがって女帝から見れば山背大兄王はやがて滅ぼさねばならぬ存在であり、実際に殺害が実行されている。
このあと、皇位は女帝の子どもである古人大兄に継がれるはずだったが、ここで待ったをかけた張本人こそ、女帝の弟の軽皇子(のちに即位して孝徳天皇)ではなかったか。古人大兄の擁立を強く主張する蘇我入鹿を滅ぼすことで即位への道を閉ざす。これは従来の、中央集権国家を造り上げるためには蘇我氏を排除するほかないとする主張と異なる。あくまで女帝の生前譲位に際して蘇我氏が障害となっていただけではないかと筆者は言う。
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- 感想投稿日 : 2023年6月16日
- 読了日 : 2023年6月8日
- 本棚登録日 : 2023年6月5日
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