「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい―――正義という共同幻想がもたらす本当の危機

著者 :
  • ダイヤモンド社 (2013年8月23日発売)
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感想 : 71
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タイトルが印象的で、そのテーマについて掘り下げた本であると思い購入したのだが、実際は幅広いテーマで雑誌に掲載されたショートエッセイをまとめたもので、ああ違ったのね、という感想を持った。タイトルの『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』は、当事者ではないものが、被害者遺族の思いを共有できると考えること自体が不遜だというのが、著者の考えを示したものだ。

一方、このタイトルは、遺族の神聖化を通して、遺族の心情を害するかもしれない言動や行為を「不謹慎」だとする空気の支配によって、なされるべきことがなされないメディアへの批判でもある。つまり本書は、マスコミ批判の書である。メディアというものが提示できるのはどこまでいっても「事実」ではなく「視点」でしかない、ということに対して自覚的であれとの主張で一貫している。テレビ上がりのドキュメンタリ作家として、マスコミの言葉というものに敏感であり、それが透明でないことを肌感覚として知っているのだ。対象に切り込む時の躊躇がないため「エッセイ集」と呼ぶとイメージが違ってくるのかもしれない。ここで挙げられた問題提起に対しては、真摯に向かうべきことのように思う。

著者の森達也は、オウムのドキュメンタリ『A』を撮った監督だ。恥ずかしながら、途中までそのことを知らずに読んでいた。本書では、オウムについては少しだけ触れられているが、他に震災報道や裁判員制度、死刑制度などの社会的問題から、スリッパのしまい方や書類の押印、ネクタイの着用など日常の違和への考察を通して「制度」への無自覚な行動が批判的に論じられる。その意味でも無自覚性への批判が、この本を貫く主題であるとも言える。もちろんそれは「視点」をずらすことにより得られる見解でもある。

著者はネットでうすらサヨク、平和ボケとしてネットでは批判されているらしい。しかし、そのように定義されるであろうものから著者は遠く離れている。著者はネットにあふれる、「他人ごとであることについて無責任に言い放つ」ことに対する無自覚さと不寛容さに対して強い嫌悪ともどかしさを感じているのだ。著者は、少なくとも拉致問題の蓮池さんや、オウム事件の永岡さんと直接会って話を聞いている。

クマバチの例(実は毒をもたない)から始めているが、本書に通低する主題を最初に提示する上で非常によくできた話だ。著者にだって先入観はあり、そのことについて著者も反省することもあるという姿勢を著すとともに、反省してその事実を明らかにすることを厭わない姿勢こそが著者のポリシーであり、世間やマスコミに抱く違和感の源泉であるのだ。そして、多くの「クマバチ」が世の中にはあるのだ。

第5章「そして共同体は暴走する」で、ポーランドのイエドヴァブネの話が取上げられていたのには軽く驚いた。ナチスではなくポーランドの地元住民によって行われたユダヤ系住民の虐殺。この地名は、高橋源一郎の『銀河鉄道の彼方に』にも隠された地名として出てくる。実はNHKスペシャルでも取り上げられたことがあるというのを初めて知った。アイヒマンの話を好んで持ち出す著者の目には、ナチス以降も同じような暴走の危険性が世界には溢れているように見えるのだろう。イエドヴァブネという地名については、アウシュビッツと同じように記憶しておくべき地名なのかもしれない。
著者が引用するナチスの台頭を許すこととなったドイツの詩人ニーメラーの詩は印象に残る。

「視点」を持つことと同時にそれに自覚的でかつ他の視点があることを知っていること、それはたとえ行動に直接に表現されないとしても大切だ。それはわれわれが持つべき「謙虚さ」であろう。

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本書の中のあるエッセイでも拉致問題が取り上げられている。この本を読み終わったあたりの時期に、横山めぐみさんの両親が北朝鮮に渡り、めぐみさんの娘(つまり孫)に会って帰ってきた。それを聞いて、めぐみさんはこれで本当に生きている可能性はないということなんだなと思った。なぜなら、孫に会うということは生存に関する話を両親がしてしまう可能性があるにも関わらず、許可をしたということではないかと思ったからだ。もちろんそれも可能性の問題だ。しかし、報道ではそういった可能性に触れることはほとんどなかったと思う。「死んでいる可能性」に触れることもなぜかタブーになっているようだ。「これからも拉致被害者の帰国に向けての活動が....」と言われるのだ。やはり、この国のテレビはおかしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2014年4月13日
読了日 : 2014年3月16日
本棚登録日 : 2014年3月16日

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