銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

  • 草思社 (2000年10月2日発売)
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初版の出版が1997年、日本版は2000年になる。日本版の刊行後すぐに読んだので、約20年ぶりに読み返したことになる。最初に読んだときの新鮮さは薄れ、こんなに単線的な本だったのかというのが二度目の読後の印象である。それは、この本に影響されて、さまざまないわゆるグローバルヒストリーの本が世の中で出版され、それらの話が耳から入っていたからかもしれない。そういった意味で、新しい分野を切り拓いた先駆的な本でもあったのだと思う。

著者は、プロローグの最初においてフィールドワークの対象地域であったパプア・ニューギニアの状況について言及をした後、次のように語る。

「こうした歴史的な不均衡は、現代の世界にも長い影を投げかけている。それは、金属器と文字を持つ社会が、金属器を持たない社会を征服し、あるいは絶滅させてしまったためである。こうした地域間の格差は人類史を形作る根本的な事実であるが、なぜそのような差異が生まれたのかという理由については、いまだに明らかになっておらず、議論が続けられている」

この問いに対する著者なりの答えを示したのがこの本である。

本書を著者の言葉を引用してまとめるとすると次のようになる。
「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとがおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」

上下巻の二冊に渡る非常に長い本だが、著者が言わんとしていることとロジックが明確であるため、非常に読みやすい。そのロジックとは、上巻の最初の方で、すでに著者が図象化しており、ほとんどそれが全てである。簡略化すると、それは次のようなものである。

東西に伸びる大陸

適性ある野生種の存在、種の分散の容易性

多くの栽培植物と家畜の存在

余剰食糧、食糧貯蔵

人口が稠密で、定住している人びとの、階層化された大規模社会

馬、銃・銃剣、外洋船、政治機構、文字、疫病

つまり、人種的な優劣や文化の差異ではなく、地理的な偶然によって、文明化と呼ばれる環境の差異が生まれたというのが、著者の主張である。「文明」に属する技術は、天才的な発明の才のある個人によって生まれるのではなく、自然の気づきよって促され、累積的に蓄積されるものである。また、その発明が伝播される範囲においては相互に拡大するという効果が生まれるのである。

その累積的な積み重ねの結果が地域間の差異として現れた代表的な例が、スペインによるインカ帝国の収奪である。ピサロによるインカ帝国の侵略における鉄製の武器と甲冑および騎馬の圧倒的な威力に対して、インカ帝国の人びとはあまりにも無防備であった。無防備という点ではさらにヨーロッパ人が運んできた病原菌に対しても彼らは無防備であった。天然痘などの病原菌は、南北アメリカ大陸の住民の95%を死に至らしめたという。

「ピサロを成功に導いた直接の原因は、鉄器・鉄製の武器、そして騎馬などに基づく軍事技術、ユーラシアの風土病・伝染病に対する免疫、ヨーロッパの航海技術、ヨーロッパ国家の集権的な政治機構、そして文字を持っていたことである。本書のタイトル『銃・病原菌・鉄』はヨーロッパ人が他の大陸を征服できた直接の要因を凝縮して表現したものである。しかし、銃や鉄がヨーロッパで作られる以前においても、あとの章で見るように、西ヨーロッパ系の民族が同じ要因を背景に自分たちの勢力範囲を拡大していた」

【食料生産】
文明の発展の序章として、それまでの狩猟生活から農業による食糧生産および定住生活への移行が非常に重要であった。本書では食料生産に関わる謎、なぜある地域では早く農業が始まり、ある地域ではそうではなかったのか、を紐解いていく。

簡単に言うと、農業の開始は、栽培植物と家畜化可能な野生祖先種の存在に依存し、その伝播には似た気候がつながる東西に広がった大陸が有利に働いた。食糧の伝播によるコミュニケーションのつながりは、その後の他の技術の伝播、文字を含む、にも有利に働いたという。
特に肥沃三角地帯の植物は地中海性気候に応じた一年草で、高さではなくそのエネルギーを大きな種子をたくさんつけることに費やすことができた。このことは、高さを得るための茎や樹脂の繊維(人間の食用には向かない)に費やすところが少ないということであり、栽培に有利な植物種を多く得ることにつながったのである。

意外に思うかもしれないが、栽培に向いた植物というのはそれほどありふれたものではなく、家畜化可能な大型動物はさらに稀である。実際に家畜化された哺乳動物は14種類しか存在せず、そのうちの多くが西南アジアに集中しており、アメリカ大陸やアフリカ大陸にはほとんどいなかったのだと説明する。この指摘が、この本の特色であり、著者の主張を支える重要なポイントである。

「ユーラシア大陸の人びとは、たまたま他の大陸の人びとよりも家畜化可能な大型の草食性哺乳動物を数多く受け継いできた。このことは、やがてユーラシア大陸の人びとを人類史上いろいろ面で有利な立場に立たせることになるが、この大陸に家畜化可能な大型の草食性哺乳動物が多数生息していたのは、哺乳類の世界的分布、進化、そして生態系という三つの基本的要素がそろって存在していた結果である」

 【文字の利用】
文字を持っているかどうかは、その社会の発展に与える影響が大きいとされる。文字の有無は、情報量の差につながるのである。インカやアステカの皇帝は、征服者であるスペインに対する正確な情報を持つことがなかったがために、誤った対処を取ることとなったのである。

それでは、文字を生み出すことができなかったインカやアステカの人びとは劣っていたがゆえに文字を生み出すことができなかったのか。著者の答えはそうではない、である。文字が利用されるためには、当初は表現力の観点で限定的であった文字の必要性とそれを使う余剰人員が必要であった。その必要条件は食料生産とそこから生まれた人工稠密な社会であった。また、文字の発明という比較的稀な出来事が広まるためには、それまでに食料交換などを通して東西のコミュニケーションが確立しているユーラシア大陸が有利に働いたのだ。

「このように、文字が誕生するには、数千年にわたる食料生産の歴史が必要だった。ちょうど集団感染症の病原菌が登場するのに食料を生産する社会が必要であったように。最初の文字が、肥沃三日月地帯、メキシコ、中国で登場したのは、それらの地域が食料生産の起源とされる地域だったからである」

これだけ便利なのだから、言語あるところに文字というものは自然に生まれてきたのではないかと誤認されるが、実際にはそれほど何度も文字は発明されなかった。実際に、文字のない社会というものは珍しいものではない。しかし、一度そのメリットが認識されると、それは多くの場所で受け入れられる。著者は、「アイデアの模倣」により新しい文字が生まれている例をいくつも示し、その伝播性の重要性について述べる。すなわち、食料だけではなく、文字の伝播に関しても大陸の形状に影響されるのである。

著者はまた、技術の進歩の差が生まれる理由として、天才の存在、ひいては人種間の才能の差を否定する。
「われわれの考察の結論は、つぎの二つである。技術は、非凡な天才がいたおかげで突如出現するものではなく、累積的に進歩し完成するものである。また、技術は、必要に応じて発明されるのではなく、発明されたあとに用途が見いだされることが多い」

「発明は必要の母」であった、と著者は結論づける。

本書内では、他にもパプア・ニューギニアやオーストラリアで何が起きたのか、それらの差はなぜ生じたのかを考察する。また、ヨーロッパよりもある観点では進んでもおかしくはなかった同じユーラシア大陸に存在する中国や東アジア、人類発祥の地であり、したがってっとも長い人類の歴史をもち、またもっとも多様な遺伝子的要素を擁するアフリカ大陸が欧州の文明によって植民地化されたのかについても分析をしている。

出版より20年をして、すでに古典の風格もあるジャレド・ダイアモンドを今の地位に押し上げた著作。広く読まれるべきだし、また読まれたら広く受け入れられる著作でもある。

そして、さらなる考察については、下巻のレビューにて。

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『銃・病原菌・鉄 (下) ― 1万3000年にわたる人類史の謎』(ジャレド・ダイアモンド)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/479421006X

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2020年11月3日
読了日 : 2020年10月15日
本棚登録日 : 2006年12月24日

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