2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ

  • NewsPicksパブリッシング (2020年12月24日発売)
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原題は、"The future is faster than you think"なので、2030年と特定しているわけではないのだが、ある程度は2030年あたりをターゲットにした話が書かれている。指数関数的な進化と収穫加速の法則については、レイ・カーツワイルが『シンギュラリティは近い』で、なぜ2045年にシンギュラリティが起きるかを説明したときに使った論理だ。この技術進化がデジタルになってムーアの法則に代表されるように加速度的に進展するとともに、複数の領域で同じように加速度的な発展が生じ、それらが互いに組み合わされることによってさらに新しいものを生んでいく「コンバージング・テクノロジー」の現出が、まさに著者が"faster than you think"というゆえんである。著者は、現在進化中の重要なテクノロジーとして、量子コンピュータ、人工知能(AI)、ロボティックス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、材料科学、ネットワーク、センサー、3Dプリンティング、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、ブロックチェーンなどを上げる。これらが、互いに組み合わさったときにどんなとんでもないことが起きるのかを少し想像してみたのが本書、と言えるだろう。その一例として、ドローンを使った空のライドシェアが挙げられる。電池技術、太陽光発電技術、LiDARなどセンサ技術、AI技術、さらに量子コンピュータやAIシミュレーションで進化する材料技術が生み出す軽量で堅牢性と耐久性を併せ持つ炭素繊維素材などが組み合わさって、今ある安全性やコストの問題は必然的に克服されると予言する。

著者は、今起きつつあることを「ローカルでリニア」な世界から「グローバルでエクスポネンシャル」な世界への移行と表現する。そして、「これからの10年が劇的なブレークスルーと世界を一変させるようなサプライズに満ちたものになるのはまちがいない」という。例えば、車を所有することが、自動運転車のシェアライドと比べて、コスト的に絶対に合わなくなり、安全性も劣り、利便性も劣るようになったとき、個人所有の自動車が前提とされた社会は大きく崩れることになる。それは、利用率の低い個人所有車による駐車場スペースの解放や、無駄な運転時間の解放が社会にまたさらに大きな影響を与えることになるのだ。ことに自動車産業に与える影響は計り知れない。

本書の構成は、第一部では成長曲線をたどっているテクノロジーを紹介し、第二部ではコンバージング・テクノロジーが変える八つの産業を取り上げる。第三部は、さらに大きな視野をとって水不足や気候変動などの長期のリスクに注目し、電池テクノロジー(フロー電池)や太陽光発電の効率化による解決策について論じている。また、その結果も含めて将来における人類の大移動とその影響について取り上げている。

シナリオに興味がある向きには重点でありかつ論点である第二部で、具体的に取り上げられている八つの産業とその未来は次の通りだ。
・「買い物の未来」 ... かつて栄華を誇ったシアーズが破産し、ウォルマートは頑張るものの、アマゾンやアリババが新しい小売りの形を作りつつある。小売業の前提となっていたレジや在庫管理などはロボットやAIが代替している。販売はさらにオンラインシフトが進み、さらに3Dプリンティングは配送も不要にするかもしれない。「ショッピングモールの終わり」は間近にせまっている。
・「広告の未来」 ... インターネットは新しい広告の形を生み出し、GoogleやFacebookに巨額の富をもたらした。将来には、この2Dのウェブの世界から、スマートグラスと AR技術を活用した空間的ウェブの時代がくる。画像・映像からのビジュアル検索が一般的になるとともに、広告によって商品を売り込む前にAIが意思決定を代替して購買は終了しているかもしれない。
・「エンターテインメントの未来」 ... ネットフリックスは、ブロックバスターを廃業に追い込み、DVDレンタルという業界ごと吹き飛ばした。現在ネットフリックスはコンテンツ制作の側でも破壊的な影響を持つようになった。一方で、YouTuberという新しいコンテンツ制作と配信の形が生まれた。次の10年もまた、VR空間、ARによるスクリーンの拡張、AIによるパーソナライズ、ブレイン・コンピュータ・インタフェース(BCI)などのテクノロジーの発展により、新しい形のエンターテインメントの未来が開けているのである。
・「教育の未来」 ... 現在の学校システムは、従順な工場労働者を育成することに最適化され、社会のニーズに十分応えるものであった。しかし、今の画一的な教育の仕組みは、ついていけないグループと退屈するグループを生んでいる。また、その成果測定方式は人間の限定した能力の範囲しか計測できていない。テクノロジーの発展により、ARを使った教材、AIによってパーソナライズしたカリキュラム、神経生理学データによる学習効果の最適化、によって教育は個人と社会に最適化されるのである。
・「医療の未来」 ... AIによる治療薬の効率的開発、ゲノミクスによるパーソナライズされた治療、幹細胞や3Dプリンティングを活用した義肢や人工臓器など、医療ツールは各段に進化する。それ以上に、医療システムは、現在の「シックケア」から「ヘルスケア」にそのパラダイムをシフトさせるだろう。数多くのバイタルセンサーによって個々人の健康データが蓄積され、より確実な異常検知と適切な予防措置が取られる。手術は、ロボットにやってもらう方がより確実で安心で、人による手術は野蛮で危険視されることになるのだ。
・「寿命延長の未来」 ... 老化は、テクノロジーにより対処可能な症状になる。この切実なニーズがある領域では、バイオテクノロジーを初め多くのテクノロジーがいかんなくその力を発揮しようとしている。寿命を制限する原因のいくつかはテクノロジーによって伸ばすことができる可能性がある。カーツワイルの言う「寿命脱出速度」にテクノロジーが達するのはまだ先かもしれないが、それは「できるかどうか」ではなく、「いつできるのか」の問題になっているのである。
・「保険・金融・不動産の未来」 ... ネットワーク、センサー、AIの台頭によって、保険の価格設定や販売方法は大きく変わる。自動車保険も自動運転が拡がり、ライドシェアが拡がったときに同じモデルが適用可能であるとは思われない。生命保険に関しても、健康データを提出することで、保険料や加入できる保険の有無が決められるとすると、既存のレガシーな生命保険は大きな影響を受ける。
・「食料の未来」 ... 食料の生産力は垂直農業方式で上がり、かつ消費地に近いところで生産されることによる運送や鮮度の観点で得られるメリットから拡大していく。非効率な食肉に代わり、培養肉も現実的になっているかもしれない。また、配送に関しては自動運転やドローンによるオンデマンド配送などテクノロジーのメリットを享受することができている。

確実こういった未来が実現するとは言えないだろう。しかしながら、"The future is faster than you think"が真実であるならば、ここに書かれた以上の未来が10年後の世界には待っているのかもしれない。Windows95が出てインターネットが多くの人の手に渡ってその10年後に何が起きたか予測できた人は少なかった。iPhoneが生まれて10年後、スマホがここまで世界で広がり実生活や事業活動に影響を与えるようになると想定していた人はそれほど多くはなかった。QRコード決済が生まれて10年に満たない期間で、中国でここまで大きな社会変革が起きると思っている人も多くなかった。
著者が言うように、数多くの技術が相互に影響を与えながら発展していくこの10年はこれまで以上に大きな変化がもたらされることだろう。ことに日本においては、医療や寿命延長の未来、教育の未来については、既存の仕組みからの強い抵抗と経済的に個人と社会にメリットがある形でどのように行うのか、おそらくは喫緊でかつ重要な課題になってくるものと思われる。両業界ともコロナによって大きな影響と可能性が開かれた業界でもある。2021年はその意味でも次の10年の開始となるに相応しい年になるのかもしれない。

2020年の年の瀬に読んだが、未来ものとしてはより具体的で、2021年の始まりに相応しい本だと思う。

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『シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき』(レイ・カーツワイル)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/B009QW63BI

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ビジネス
感想投稿日 : 2021年1月1日
読了日 : 2020年12月30日
本棚登録日 : 2020年12月30日

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