暴力はいけない。そう思っているのに、しびれるように美しく思うことがあるのはなぜだろう。拳や足蹴りを見ながら、胸が熱くなるのはなぜだろう。美しい暴力とそうでない暴力があるのはなぜか。そもそも暴力とはなにか。
暴力とは、自分の人生を自分でかたちづくることであり、自律的に生きていこうとすること。
誰かが何かから解放されようとして暴れる力を目にすると美しく思い、押さえつけ縛りつけるために行使される力を醜く思う。
「ひとのことたたいちゃダメっていうくせに、なんでお母さんはそういうえいがが大すきなの?」といつか聞かれたとしても、これでちゃんと胸張って答えられる。
自分が自分に正直に生きるために暴れる力。「暴力はいけない」?自発的に生きるだけで人はみんな暴力をふるっている。自覚すること。自覚して意識的に生きていけば面白いんじゃないか。だって毎日毎日みんな息を詰めて、なんなんだ、と思う。人生の手綱を他人に預けて、「生き延びさせられている」。他人の押し付けるモラルを守って従順に生きることは自分に不誠実ではないのか。そして第4章には泣かされた。伊藤野枝は凄い女性だな。
栗原さんの本、バカだなーと思いつつ(いきなり「はだしのゲン」の雑なあらすじを7頁に渡って話し始めたのには堪えきれずに爆笑した)すごく共感してしまうんだけど、このままいくとわたしはアナキズム研究会の講演とかに足を運ぶことになってしまうかもしれない。……それはそれでいいか。
読書状況:読み終わった
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評論
- 感想投稿日 : 2015年8月21日
- 読了日 : 2015年8月21日
- 本棚登録日 : 2015年8月18日
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