無名の主婦だった三浦綾子氏を一躍作家にした作品。
全四冊でしたが、一気に読めました。
1970年代くらいの作品ですが、時代は変わっても
人の嫉妬・憎しみ、欲望は変わらないもの。
2010年の今でも、ある意味違和感なく読めました。
「原罪」とは何かがテーマですが、人はほんとに罪深い生き物だと思いました。そのうごめく臨場感は、秀逸でした。
育ての母親が言い放つ陽子さんへの怨念のような言動は、
どの女性でも持ちえる独特のものなんでしょうか。
レビューには、独特の醜さと記した方もいましたが、ほんとにそうなのか。判断はつきません。
「許す」ということは、人を上からも下からみない、そう接しないということでしょうか。
それが隣人への愛でしょうか。
「許さない」と思った時点で、上か下かはわかりませんが、
自分の立ち位置が変化しているということなのか。
主人公の陽子さんは、ラストでそれがわかったので、
ああいう決断に至ったのか。
心情的には、そっちじゃない方にいってほしかったけど。
せつなかったので。
人は絶対ではない、永遠に相対的な存在だ、と常々考えの基本においてますが、「許さない」とは、絶対的な存在だと自己を示しているということか。だとしたら、神以外許すことはできないっていうことになる。
だから本文にもあった、大きな石と小石の話か。
大きな石を移動させて、元に戻せと言われてもできるけど、
小さな石は、いちいち場所を覚えていないので、元に戻せないって話に繋がるのか。
多くのひとは小さな石(小さな悪)の集合体とも言えて、そのひとつひとつを覚えてはないし、覚えていては生きていけない。
なぜなら、人は相対的な存在でしかないから。
だから、小さな石のことくらいは許すけど、大きな石は許せないか。
陽子さんは、本文で「権威がほしい」と言っていたけど、あいにく永遠に持てない存在。だから苦しいのか。
わかったようで、わからない永久なテーマですねえ。
- 感想投稿日 : 2012年7月23日
- 読了日 : 2010年7月6日
- 本棚登録日 : 2012年7月23日
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