ぜつぼう

著者 :
  • 講談社 (2006年4月28日発売)
3.37
  • (31)
  • (67)
  • (134)
  • (21)
  • (6)
本棚登録 : 591
感想 : 103
4

二年以上前、無名の芸人が極貧状態で海外を旅をするテレビ番組(たぶん電波少年的なやつ)で一躍有名になり、チヤホヤされまくった戸越。
現在の彼はしみったれたアパートで不眠に苦しみ、外出時は他人の目を避け、在宅で行う内職作業で細々と暮らしていた。

テレビ番組出演後に人気が出て、勘違いをした相方に逃げられ、違う相方を探すもすでに世間には飽きられていて仕事は無く、事務所と喧嘩して首を切られ、戸越は屈辱を味わった。
心療内科の帰り道、彼は謎のホームレスに「復讐すればいい」と言われ、芸人だった頃に自分を捨てた男の名前を伝えた。そして彼はホームレスが以前住んでいた村の家で、ホームレスからの伝書鳩を待つことになる。

田舎の村で戸越が出会ったのは、ホームレスの家で勝手に生活していた若い女、シズミ。
彼女との交流や、芸人だった自分を誰も知らない村での暮らしに一瞬和みそうになるが、”自分のなかには絶望があるのだ”と自身に言い聞かせる戸越。

村人からの歓迎会で芸を披露することになり、不安に押しつぶされそうになる戸越だったが、いざ宴会で自分の番が回ってきたときに彼が目にしたのはシズミの旦那が彼女を連れ戻そうとしている光景だった。

嘘がバレて吹っ切れた戸越の渾身のどじょうすくいに魅せられ、老人たちも全員一丸となって踊り狂うなか、シズミとその旦那はいなくなっていた。

戸越は自分の絶望を再認識し、村を離れることにした。ホームレスから教えられた復讐相手のところへ向かう早朝の電車のなか、彼の横に座り、コート越しに彼の右手を握る人がいた。戸越は安どして寝息を立て始めた。

---------------------------------------------

いわゆる”一発屋芸人”の戸越が、シズミ以外は誰も自分のことを知らない村で別の人生を始めたら、何年も抱え続けた絶望を忘れそうになり、俺は絶望しているんだ!と葛藤する話だった。
ずっと一人で絶望し続けていたから、不意打ちの安堵感に耐え切れない戸越の複雑な心理描写が面白かった。

誰もこれまでの自分を知らない場所で新しい生活をしてみたい、という気持ち。わかるなあ。実行力はないけど。
一発屋芸人の戸越も、現代なら引き籠る前にYouTuberとかの選択肢もあったかもしれないし、一瞬でも人気者になった影響力を利用してパチンコの営業とか飲食店経営とかするのもありかな、と思った。

最終的に何も解決せず、ホームレスのおじさんの謎の行動の説明もなく、なんとなくシズミとの暮らしがまた始まりそうな予感だけで終わるのがすごくよかった。ハッピーエンドなのか、バッドなのか判断できない終わり方、とても好き。
学生の頃の5月の連休、夜通し遊び続けた明け方の帰り道、水を入れたばかりの田んぼが朝日を眩しく反射させていた。ああ綺麗だな、と思ったことを読みながら何度も思い出した。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本谷有希子
感想投稿日 : 2020年3月15日
読了日 : 2020年3月14日
本棚登録日 : 2020年3月14日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする