別れの色彩 (新潮クレスト・ブックス)

  • 新潮社 (2023年3月1日発売)
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感想 : 15
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「人生の秋」を迎えた作者、というドイツの新聞社による表現がとにかく秀逸。老いは誰にも訪れる人生の終末期、と思っていたけど、どうやら老いた人にしか見えない景色があるようだ。秋、とくに冬の寒さを感じ始める晩秋。日本でも紅葉や銀杏がここぞとばかりに色づく季節で、やがてくる厳しい冬を予言しながら燃えるように街や山々を彩っている。芽吹いたばかりの眩しい緑よりも、木枯らしに映える色彩のほうが、人々の心を打つこともある。若かった自分のいくつかの過ちだったり、言えなかった言葉や、言わなかったことにできない言葉、もう戻らない日々のことを、降り積もった時間が美しく見せる。それは竹が長い時間をかけて飴色になるような、もしくは革がしっとりと馴染むような好ましい経年変化なのか、それともただの幻想なのか?
人生に訪れるいくつかの「別れ」が、それらと登場人物を向き合わせる過程の描写たちがとにかく丁寧で、物語が短編で終わるのがもったいない、と思わされてしまう。シュリンクの世界観と同期しているかのような綺麗な日本語訳に惚れ惚れとしながら、いつまでも読んでいたいという気にさせてくれる。読むほどに、歳をとっても人間の(少なくとも男性というものの)頭の中は大きく変わらないらしいということも興味深い。おそらく何人か、シュリンク本人を題材にしているんじゃないかという登場人物に好印象を抱く。だからこそ今でしか書けなかったのだろうなと思う小説。老いと若さ、出会いと別れ(もしくは自然消滅)、生と死、恋と愛……さまざまな「状態と過程」が人生に付加する豊かさに思いを馳せる。『姉弟の音楽』がかなり好き。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年7月3日
読了日 : 2023年7月2日
本棚登録日 : 2023年7月2日

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