終わらざる夏 下 (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社 (2013年6月26日発売)
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感想 : 101
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 この物語は、戦争という大きな力の中で、日本人としてではなく、人が人としてそれぞれ考えて、最善を尽くす物語だ。
 主役は居ない。
 いや、構成上は確かに居るのだけれども、時の中でそれぞれの人物は平等に描写されている。なんと言えばいいんだろうか。普通(普通なのかな)は、主役(ヒーローなり正義の味方)が居て、脇役が居て、そして対立する悪役なり困難があり、ソレを打ち砕くものなのだが。この物語は、日本が敗戦するという史実を元にして日本軍を描いているフィクションだ。つまり、架空戦記でも無い限り、この戦いで勝利することはあり得ない。全ての登場人物に名前があり、物語が有る。悪役など誰も居ない。ただひたすらに人として至極まっとうに生きていた。
 始まってしばらくして「誰が主役だろう」と探すことになる。それくらい密度が濃い、出てくる一人一人に名前が有り背景があり、過去がある。「物語にどう絡んでくるんだろう」と気になる。けれど、中盤を超えてくると「ああ、みんな生きてるんだな」としか思えなくなる。物語や主要な出来事や、歴史の大きな一歩を踏み出していない人であっても、きちんと生きているのだ。

 非常時において(平常時も同じかもしれないけれど)、国などの大きな力に対して「ああ言っているから仕方が無い」と、ルールの隙を突いて生きることはたやすい。反骨しているように見せて斜に構えて生きることすら可能だろう。
 けれども、この物語は、一人一人が真摯に考え、逃げることをせず、自分が出来ることを全うしようとしている。その姿は祈りにも似ている。

 正しい人と思われる為では無く、人としてどう生きるのか正しいか、その主軸を自分に持つと言うこと。自由と言うこと。大きな力に対して、諦めるのでは無く、ほんのわずかな可能性であっても向き合うこと。
 フィクションだからこそ描けるまっとうな小説だった。

 「永遠の0」のように、ステレオタイプの悪役に画一的な非難を送れば済むことでもなく、「原発ホワイトアウト」のように、権力や官僚制度の中で出来る事は無いと諦めることでもなく、一人一人が考えることを諦めない、フィクションであるならば、こういうものを読みたい。

 上中下と続く上に、全ての登場人物に物語があると言っても過言では無いので、読書慣れしていない人にはお勧めしにくいが、活字中毒なら読んで間違いは無い。むしろ読んで下さい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説・エッセイ
感想投稿日 : 2014年4月17日
読了日 : 2014年4月17日
本棚登録日 : 2014年4月17日

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