沖縄と国家 (角川新書)

  • KADOKAWA (2017年8月10日発売)
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本棚登録 : 73
感想 : 8
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作家の逸見庸と、目取真俊が沖縄について対談している本。歳は15ほど異なる二人だが、その関心事はよく似ている。

本書のテーマの一つは、日本という国が、終戦を迎えて後、いかに欺瞞的に物事を総括し(つまり総括せずに)戦後復興とやらを遂げて現代にまでたどりついたか。そこで「なかったこと」にされ、不問に付されてきたものは、近代日本の中に連綿としてあった沖縄含む「周縁」への差別意識、戦争や植民地主義における加害責任、そしてその親玉として玉座に鎮座する天皇制である。

現代日本のもっとも凶暴なる首相である安倍晋三は、「平和国家日本」の中で突然現れたモンスターではなく、「戦後民主主義」のもとにずっとひた隠しにされてきた大日本帝国の亡霊であるし、またそれを心の底で支持してきた民衆の心の反映でしかない。悲惨な戦争と植民地支配が終わっても、なにがそれを生み出したのか、なにがいけなかったのか、それを省みることのできない私たち日本人が、安倍晋三のようなものを生み出し続けているし、また米軍基地と差別と暴力を沖縄に押し付け続けているのである。

個人的に興味深かったのは、暴力についての議論を辺見が目取真に振った際に、目取真はさらっと「暴力なんて、自分がやるかやらないかの問題じゃないですか」(p154)と肯定してみせていたことである。正確には「否定しない」。
そして、その上で「アメリカ兵に直接的な暴力をふるわなくても、米軍が一番イヤなのはゲート前の座り込みなんだな、というのが経験で分かってきたんですよ」と語る。
あくまで基地の機能を止め、アメリカ兵に打撃を与えるにはどうすればいいのか、ということに的を絞って冷静に議論をしている。

この本は、「ホンド」に住むほとんどのヤマトゥ(私ふくむ)にとって、手に余るものである。差別と暴力の構造にあぐらをかくマジョリティとして何をするべきなのか、鋭く突きつけられている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 思想・社会
感想投稿日 : 2017年9月28日
読了日 : 2017年8月17日
本棚登録日 : 2017年9月2日

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