影を買う店

著者 :
  • 河出書房新社 (2013年11月19日発売)
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本棚登録 : 470
感想 : 57
5

1990年代後半から2013年までの20年間に、様々な雑誌に掲載された単行本未収録の幻想小説だけを集めた21編の短編集。


編者の日下三蔵氏の解説にもあるように
時代が皆川博子に追いついたのか、
ここに来て旧作の刊行が相次いでいるけど、
そもそも本当に書きたかったものは幻想小説だという皆川さんだけに、
(当時は幻想小説だけでは世間から認められない風潮があったようです)
売れなくとも細々と書き続けた幻想小説の数々は
まさに真骨頂と言える
高純度の幻視世界を見せてくれる。

中でも、
自殺した弟の通夜の席で、ある男に教えられた喫茶店。
影を剥がされる快感に性的興奮を覚えた女性の末路は…。
中井英夫の「影を売る店」を踏まえたトリビュート短編
『影を買う店』、

屋根裏部屋の手作りの断頭台。
無邪気なまま、残酷な遊びにハマっていく子供たちが怖い!
『猫座流星群』、

家族を空襲で亡くし感情を失った少年が、
疎開先の蔵の中で見る甘やかな幻想。戦争がもたらした悲恋に胸が締め付けられた
『沈鐘』、

窓越しに隠れて聴く官能的なピアノの音色。
戦時中の女学校を舞台にした少女の悲しき恋。
傑作「倒立する塔の殺人」の三年前に書かれた原型となる短編。
『柘榴(ざくろ)』、

碧、玄、春の3人の少年少女が織り成す、叙情的で切ない一編。
ミステリー仕立ての巧みな構成にも唸った
『更紗眼鏡』、

深い森に住む父と娘と三人の兄。
ある日、黄金の馬車に乗った青髭の男が現れ、娘は連れ去られてゆく。山城に囚われた娘が開かずの扉で見たものとは…
グリム童話をリライトした
『青髭』

が深く心に残った。


ページをめくるたびに思考を蜜の壺と化す、
艶やかで甘美な世界。
溢れでるロマンチシズムとエロティシズム。
生と死の狭間を匂いたつほど残酷に淫靡に描きながらも
決して美しさを損なわない流麗な文章。

純度100パーセントの耽美と退廃と官能の濃縮エキスがたっぷり詰まった物語の数々に
読む者の心は陶酔に浸り、異世界をさまよう。


それにしても、いつから本を読むという行為が
後ろめたさを無くしてしまったのだろう。

僕の学生時代はいかに今に抗い抵抗するかを
それぞれが無意識に競いながら、
自分が思う『好き』の領域を自ら探し見つけては
一人こっそりと増やしていった。
(たとえば映画、たとえば音楽)

読書は知識を得るために読むものではなく、
そこに込められた意志への憧れであり、
不良性がある危険なものだからこそ惹かれた。

そして小説は本来、一人でコソコソと読むもので
タバコや酒などのように常習性があって体に悪いものなんだと思う。
だからこそ人を絶望から救えるのではなかったか。

だから僕は今でも読書という行為は基本、「背徳」だと思っている。
背徳だからこその抗えない魅力。
学生時代から僕らは
「毒」を摂取したくて本を読んでいたのだ。

純度100パーセントのいけないもの。
皆川博子にしか書けない
淫らで美しいもの。

できうることならばこれからもまたジャンキーな僕たちに
新しい「毒」が供給されますように。

隠れてこっそりと読む読書こそが
甘い蜜の味なのだから。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2015年9月22日
読了日 : 2015年9月22日
本棚登録日 : 2015年9月22日

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コメント 2件

o-gataさんのコメント
2018/01/17

初めまして。

以前はコメントありがとうございました。感想恐縮でした。
こちらこそよろしくお願いします。

皆川博子さん、興味があったのですが読んでみたくなりました。幻想小説大好きです。妖艶な雰囲気の本なのですね。
楽しみです。

円軌道の外さんのコメント
2018/01/28

o-gataさん、
なんやかんや、また今週は面倒な仕事ばかりで、お礼が遅くなりました。
(便利屋なので、雪かきの仕事や遺体発見部屋の掃除など)
いいねポチとコメントありがとうございました!

幻想小説に抵抗がないなら、皆川さんは、自信持ってオススメします。
とにかく、文体に品があって、行間の隙間から官能が匂うような艶やかさがあります。
強いて言えば、小川洋子さんや、川上弘美さん、服部まゆみさん、桜庭一樹さんなどに近い文体と世界観です。

是非とも感想お聞かせください!(笑)
またよろしくお願いします!

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