エンジェルフライト 国際霊柩送還士 (集英社文庫)

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  • 集英社 (2014年11月20日発売)
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【まとめ】
1 国際霊柩送還という仕事
エアハース・インターナショナル株式会社は、国境を越えた遺体の搬送(国際霊柩送還)を行う会社だ。海外で亡くなった日本人の遺体や遺骨を日本に搬送し、日本で亡くなった外国人の遺体や遺骨を祖国へ送り届ける業務を請け負っている。
海外の事件や事故で邦人が亡くなると、まず現地では、警察による検死や遺族による本人確認が行われる。その後、さまざまな書類上の出国手続きが取られるとともに、現地の葬儀社やエンバーマーが適切な処置をして遺体を飛行機に乗せる。搬送業者は日本に到着した遺体に必要な処置をして、自宅や葬儀社へ送り届ける。日本で外国人が亡くなった場合は、専門のエンバーマーが防腐処置をするとともに役所などで必要な手続きを取り、搬送業者が故国へ送り出す。

現状、遺体を海外搬送するための仕組みははっきりと確立されていない。海外からの遺体が十分な防腐処理(エンバーミング)を施されないまま搬送されて成田空港で腐り果てていたり、海外の貨物取り扱い業者と連絡を取り合う術を知らずに遺体を紛失したりと、この分野に携わる業者であっても知識が不十分だという事実がある。また、そうしたいい加減な業者が金儲けのために遺族と接触することもある。劣悪な業者が遺体を腐敗させても、遺族は泣き寝入りをするしかないのが現状だ。

親や子どものもとに故人を帰したいという思いは、国境を超えて万人に共通する。現地の警察や病院、葬儀社から始まる長いリレーを結びつけるのが、エアハース・インターナショナルの仕事だ。


2 遺族とどのようにして寄り添うか
社長の木村利惠はいち送還士でありながら、度を超すほどのアフターケアを行う。遺族の告別式に出席したり、遺族用の航空券を手配してフライトの時間まで寄り添ったり、故人が契約していたアパートなどの契約解除の手続きをしたり、さらには遺族がお遍路をするための海外渡航のアテンドも行ったりしている。息子の利幸も例外ではなく、遺体の生前の肌感を再現するためにコスメを買って化粧の練習をし、医者の検死解剖に立ち会って人の筋肉の付き方を勉強している。

利惠は言う。「私の尊敬する葬儀屋はね、『たとえ枢の中の手の形ひとつでも、ああ、お父もゃんだってわかるような葬儀を挙げてやるのが本当の葬儀屋ってもんだろう』って、言うんだよ。『最高の葬儀を挙げるためならどんな骨惜しみもしない。魂を込めれば必ず通じる』ってね」。
彼女は、社員にまるごと「魂」を差し出せと要求するような厳しさで教育している。そこに妥協は一切なかった。

利惠「死亡した原因もみんな違うんだよ。マニュアルに従っていても人の気持ちはわかんないよ。遺族ってね、みんな違うんだ。顔色を見て、何が必要なのか、どんな気持ちなのかって推し量ることができなきゃだめなんだよ。本当に困っている人がどんなことを望んでいるかなんて誰にもわかんない。だからこそ気がきく人間じゃなきゃだめなんだ」。

利惠と共に会社を立ち上げた山科には、どうしても納得できないと思うことがあった。それは遺体に触ったことのない葬儀業者が増えたということだ。昔は葬儀社が湯灌から納棺までを請け負った。だからこそ遺体が何たるかを知り、どういう状態になるかを熟知していた。遺体を知らずに「その人の死」の何がわかるのか。葬儀社はイベント司会業ではないのだ。死についてわからない者に魂のことはわからないと彼は思っている。

人々は、死後の世界などはないと口では言いながらも、亡くなった人の心は亡くなったあともまだ存在しているとどこかで信じているのだ。身内の死を前にすれば、日頃漠然と考えている「死」はただの抽象概念でしかなく、頭で日頃思っていた「死」とかけ離れていることに気づくのだ。葬送は、理屈では割り切れない遺族の想いに応えるために存在しているのであり、エアハースをはじめとした世界中の国際霊枢送還の事業者は遺族の願いをかなえるために働いているのである。


3 魂呼び
次の日には骨にしてしまうのになぜわざわざ合理的とは思えない行為をするのだろう。

我々はいくら科学が進歩しようとも、遺体に執着し続け、亡き人に対する想いを手放すことはない。その説明のつかない想いが、人間を人間たらしめる感情なのだ。亡くなったのだからもうどこにもいない、と簡単に割り切れるほど、人は人をあきらめきれないのだ。
我々は亡くなった人の体に「魂」とも呼ぶべき、命の残響を聴いてしまうものなのである。ほとんどの人は、いざ親しい人の死に直面すると、「魂」がまだどこかにあると感じてしまうのではないだろうか。だからこそ懇ろに弔うことによって魂を慰めるのだ。

エアハースの遺体の処置に、永遠を希求する姿勢を見ることはない。生前の姿に比べ血色をよくするわけでもなく、生前より華美な化粧をすることもない。生前そのままの姿であることを彼らはあくまで追求する。

処置をして家族のもとへ遺体を帰す。それは、海外で体から離れ出てしまった魂を日本へと呼び戻す儀式ではないだろうか。彼らの国際霊枢送還とは、亡き人に戻ってきてほしい、甦ってほしいという遺族の切なる願いをかなえるための「魂呼び」なのである。
だから魂の戻ってくる場所として、遺体に最大限の処置をする。それがエアハースの処置の意味なのだ。

死の現場に立つ人々は遺族にとって重要な存在でありながら、一方で彼らの記憶に残ってはならない存在でもある。遺族は家族の死を乗り越えて前に進もうとした時、遺体と直面した時のような悲しい記憶を隅に押しやり、楽しかった時の思い出だけに浸るようになる。それがその後の人生を生きるということなのだ。
遺族にとって国際霊枢送還士は、悲しい思い出に寄り添う人々である。だからこそ彼らは丁寧な仕事に感謝しながらも、その記憶を消していこうとする。遺族と送還士の関係は、きっとそれでいいのだ。

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感想投稿日 : 2022年4月11日
読了日 : 2022年4月9日
本棚登録日 : 2022年4月9日

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