第三次世界大戦はもう始まっている (文春新書 1367)

  • 文藝春秋 (2022年6月17日発売)
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【感想】
アメリカがウクライナへの派兵を拒む代わりに武器供与を決定したとき、「ここまで露骨に捨て駒にするかね」とあきれてしまった。アメリカは「ロシアと戦うことは第三次世界大戦の引金を引くことになってしまう」という理由から戦争への直接関与を避けているが、ウクライナという代理の土地を通じてロシアに戦争を仕掛けていることはもはや公然の事実である。本書のタイトルである「第三次世界大戦はもう始まっている」という言葉は、疑いようのない真実だといえよう。

本書はフランスの歴史学者であるエマニュエル・トッドによって書かれたウクライナ戦争観である。4部構成になっており、それぞれウクライナ戦争勃発前と勃発後のトッドのインタビューやエッセイをまとめたものである。書かれたタイミングはそれぞれ違えど、内容は一貫して「ウクライナ問題はNATOが引き起こした」として、西欧諸国の政治的態度を批判するものだ。
トッドいわく、「欧州ではもはやロシアは絶対悪として認知され、まともな議論ができない」そうだ。本書が文藝春秋から出版されたのも、日本は政治的ノイズが比較的薄く、かつ文藝春秋とその読者を信頼しているからだとのこと。

「本拠地の欧州では出版できない」という事情のとおり、「ウクライナ戦争の引金を引いたのは、ロシアではなくアメリカとEUである」という主張が本書を貫く一本線だ。2014年以降、ウクライナ軍はアメリカとイギリスによって軍備を強化されており、事実上のNATO加盟国だった。プーチンはさんざん「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」と発言してきたのに対し、西欧諸国はこれを無視し続け、NATOとの合同軍事演習すら実施していた。その結果ロシアの軍事行動を引き起こしたのだ。

トッドの主張はなかなか過激で、ロシアがウクライナを侵攻したというよりも、アメリカやイギリスがNATOの拡大によってロシアの生存圏を侵略しており、それに対抗したロシアが自衛のため戦争を起こした、というニュアンスが強い。ロシア自体は許す/許さないのスタンスを明確にしている。それを破らない限りは手出ししなかったものの、目先で好き勝手やりすぎたNATO側に戦争の責任はある、とロシアへの追求をやや甘くしている。

筆者の主張の多くに賛同できるが、ただ私としては、ロシアもある程度は侵略を意図していたのでは、と思っている。ロシアの言い分としては「ウクライナ東部で、ロシア系住民をウクライナ軍の攻撃から守り、ロシアに対する欧米の脅威に対抗するための正当防衛だ」というものだが、黒海に面するウクライナ南東部を奪取して、東欧への影響力を高めたいという思惑も少なからずあるだろう。この辺は「この戦いはアジア解放のための戦いだ」と言って満州を制圧・統治した日本軍と状況が似ており、自衛や正義を標榜しても、犠牲を払うからには見返りが欲しい。ロシア系住民解放以上の政治的思惑があることには間違いないだろう。

このように完全な黒とも完全な白とも言い難いのが今のロシアであると思っているが、しかしながら、国際社会ですっかり悪者になってしまっているのは相当に不利である。また、その評判の悪さから他国が冷静にロシアを分析できなくなっているのも外交上非常に問題だ。
そもそも、ウクライナ自身も相当にきな臭い国家だ。ドンバス地方に住むロシア系住民をウクライナ政府が締め上げていたり、ネオナチであるアゾフ大隊が国家公認の国防部隊と化していたりと、黒いウワサが多い。このあたりは公平な目で報道されるべきだろう。また、本書で述べられているような西欧のダブスタ具合をメディアが取り上げないことからも、やはりきちんとこの戦争の意義を語り尽くせていないと感じる。トッドは「我々が目にしている報道が、”現実”をどれだけ伝えているかは分からない」と言っているが、まさにその通りだと思った。

本書で繰り返し述べられているジョン・ミアシャイマーの動画は、↓のyoutubeページに日本語翻訳がある。気になった人はチェックしてみるといいだろう。(公式チャンネルではないので注意)
https://www.youtube.com/watch?v=cZaG81NUWCs
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【まとめ】
1 ウクライナ戦争はアメリカとNATOが引き起こした
シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーは、「いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」と結論付けた。「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアは明確に警告を発してきたのにもかかわらず、アメリカとNATOがこれを無視したことが、今回の戦争の原因だとしている。

アメリカを始めとする西側諸国は、ロシアに対する経済制裁やウクライナに対する軍事的、財政的支援など、直接的な軍事介入以外のあらゆる手段を用いて、ロシアの侵攻を食い止め、ロシアを敗北させようとしている。これでもし、ロシアの勝利を阻止できなかったとしたら、アメリカの威信が傷つき、アメリカ主導の国際秩序自体が揺るがされることになるだろう。アメリカは、軍事と金融の面で世界的な覇権を握るなかで、実物経済の面では、世界各地からの供給に全面的に依存しているが、このシステム全体が崩壊する恐れが出てくる。

アメリカの目的は、ウクライナをNATOの事実上の加盟国とし、ロシアをアメリカには対抗できない従属的な地位に追いやることだった。それに対してロシアの目的は、アメリカのもくろみを阻止し、アメリカに対抗しうる大国としての地位を維持することだった。だからこそ、アメリカによるウクライナの「武装化」がこれ以進むことを恐れ、ロシアは侵攻を決断したのだ。


2 ウクライナの歴史から見る「破綻国家としてのウクライナ」
ウクライナの西部(ガリツィア)、中部(小ロシア)、東部・南部(ドンバス・黒海沿岸)という三つの地域はあまりに異なっていたため、ソ連が成立するまで、「ウクライナ」は「国家」として存在していなかった。
ウクライナでは「アゾフ大隊」というネオナチの武装勢力が内務省傘下の部隊として表立って活動している。2014年の「ユーロマイダン革命」では、民主主義的手続きによらずに、ロシア寄りだったヤヌコビッチ政権が倒された。この革命を引き起こしたのはそうした親EUのネオナチである、西部ウクライナ極右勢力だ。一方で、中部ウクライナの人々はロシアとも西部ウクライナとも距離を保っている。またクリミアやドンバス地方のロシア系住民にとってはこの出来事は完全なクーデター扱いであり、ヤヌコビッチ政権が倒されたことを認めなかった。だからこそ、ロシアは住民投票を経てクリミアを編入したのだ。

ロシアは、1990年代に危機の時代を迎えたが、国家の再建に成功した。「国家によって完全に制御された軍隊」の再建にも成功した。それに対してウクライナは、独立から30年以上経過しても、十分に機能する国家を建設できないでいる。西部、中部、東部・南部の間の文化や家族構造の違いを埋められず、「国家」という伝統が根付かなかったからだ。
ウクライナは独立以来、人口の15%を失い、5,200万人から4,500万人に激減した。しかも高等教育を受けた労働人口が大量に西欧諸国に流出した。本来は国家建設を担うべき優秀な若者が、よりよい人生を求めて国外(ヨーロッパ・カナダ・アメリカ)に出ることを選んだのだ。現在、大量の戦争難民が発生しているが、実はロシアの侵攻が始まる前から人口流出は起こっており、まさに「破綻国家」と呼べる状態だったのだ。
プーチンはそんなウクライナを母なるロシアに回帰させることで、破綻国家であるウクライナの秩序を立て直そうとしたのだろうが、むしろロシアが強硬に出るほど、反ロシアのアイデンティティが作られてしまった。これがプーチン最大の誤算だ。


3 西欧諸国のダブスタ
暴力的な軍事攻撃に対して、ロシアを糾弾するヨーロッパの「道徳的態度」は、自然なリアクションである。しかし、ヨーロッパが実際に起こした行動は、無責任で欺瞞に満ちている。たとえば、「最後の一人がロシア軍によって殺されるまでウクライナに武器を供給し続ける」ことは、道徳的なのか。ロシアからの天然ガスの供給路だけは確保しながら、ロシアに対して経済制裁を科すことも道徳的ではないだろう。

ロシアの侵攻が始まると、アメリカとイギリスの軍事顧問団はポーランドに逃げてしまった。ウクライナの人々は、大量の武器を手にしつつも、単独でロシアに立ち向かわなければならなくなったのだ。要するに、アメリカとイギリスは、ウクライナ人を「人間の盾」にしてロシアと戦っている。現在、アメリカとウクライナは、固い絆で結ばれているように見えるが、長期的に見て、この裏切りに対して、ウクライナ人の反米感情が高まる可能性は否定できない。

もはや戦争がアメリカ文化の一部になりつつある。第二次世界大戦後も常に戦争をしてきたアメリカは、他国に強力な軍事力を押し付けることで世界の安定を目指してきたからだ。そのように築いたアメリカ主導の国際秩序に真正面から歯向かってきたロシアに対して、アメリカ国内では混乱が起こっている。
ロシアもロシアで、ヨーロッパがこれほど強硬に出るとは思っても見なかっただろう。ロシアのエネルギー資源に依存するヨーロッパ経済の脆弱性を確信していたからだ。
ヨーロッパに目を向けると、こちらでは「ロシア恐怖症」が高まっている。これはヨーロッパにとっては損失以外の何物でもないが、アメリカにとっては、ヨーロッパとロシアが分断されることは国益に叶う。アメリカは世界各地からの供給に全面的に依存しているが、ロシアとの間で経済的な結びつきがほぼなく、またユーラシアにおける影響力もロシアより小さい。ロシアからドイツへの天然ガスパイプラインが凍結されれば、資源輸出におけるアメリカのプレゼンスが高まるのだ。「世界の安定にアメリカが必要」というレトリックが真に言わんとするところは、「世界の不安定がアメリカには必要」ということなのだ。

西側のメディアでは、「これだけ強力な経済制裁にロシア経済はとても耐えられないだろう」と論じられていて、事実、ロシアは高インフレに見舞われている。しかしルーブルはいったん急落した後すぐに回復し、それどころか、西側の主要通貨に対してむしろルーブル高となっている。ロシア産の石炭・石油・天然ガスの禁輸措置にしても、窮地に追い込まれるのはロシアよりもヨーロッパの方だろう。戦争とは直接関係ないインフレが大衆を襲っていたタイミングで戦争が勃発したが、さらなるインフレにヨーロッパの社会システムはどれだけ持ちこたえられるのだろうか。


4 ウクライナ戦争から得られる教訓
この戦争から得られる教訓がいくつかある。
1つ目は、中国とロシアがますます接近することだ。中国は、ロシアが倒れたら、次はみずからが単独でアメリカに対峙しなければならないことを承知しているからだ。この「中露陣営」に対して、「西洋陣営」を固めることにアメリカは必死になっている。もしもロシアがこの戦争に耐えて生き延びるとすれば、それ自体が、世界の経済的支配力をアメリカが失うことを意味するからだ。アメリカの戦争の「真の目的」は、アメリカの通貨と財政を世界の中心に置き続けることにある。だからこそ、早期の停戦をめざすのではなく、この戦争にどんどん突き進んでいるのだ。
2つ目は、戦車と空母の脆弱性が明らかになったことだ。
3つ目は、ウクライナが事実上のNATO加盟国になっていたことが明るみに出たことだ。
この戦争で誰もが最初に驚いたのは、2014年以降、ウクライナ軍が、アメリカとイギリスによって見事に増強されていたことだ。アメリカの情報活動や衛星システムに支えられながら戦う姿を見ていると、「ウクライナ軍はすでにアメリカ軍の一部」とすら思えてくる。ウクライナ軍は、アメリカの優れた軍事技術を手にしつつ、逆にアメリカ軍兵士には欠けている「勇敢さ」も兼ね備えている。


5 日本の立ち位置
アメリカの行動の危うさや不確かさは、同盟国日本にとっては最大のリスクで、不必要な戦争に巻き込まれる恐れがある。実際、ウクライナ危機では、日本の国益に反する対ロシア制裁に巻き込まれている。当面、日本の安全保障に日米同盟は不可欠だとしても、アメリカに頼りきってよいのか。アメリカの行動はどこまで信頼できるのか。こうした疑いを拭えない以上、日本は核を持つべきだと私は考える。
核の保有は、パワーゲームの埒外にみずからを置くことを可能にするもので、「同盟」から抜け出し、真の「自律」を得るための手段だ。アメリカに対して自律することがリスク回避になる。

現在、日本も対ロシア制裁に加わっているが、この危機が去った後も、中国とロシアは同じ場所に存在し続ける。台頭する中国と均衡をとるためには、日本はロシアを必要とする、という地政学的条件に変わりはない。西側に追い込まれたロシアが中国と接近し、中国に軍事技術を提供することこそ、日本にとっての悪夢である。アメリカを喜ばせるために多少の制裁は加えるにしても、ロシアと良好な関係を維持することは、あらゆる面で、日本の国益に適うと言えるだろう。

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感想投稿日 : 2022年7月31日
読了日 : 2022年7月31日
本棚登録日 : 2022年7月31日

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