誰よりも、うまく書く:心をつかむプロの文章術

  • 慶應義塾大学出版会 (2021年12月11日発売)
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感想 : 8

【感想】
私も物書きの端くれとして、誰よりも上手く書きたい。しかし、文体やリズムはどうやって鍛えればいいのか?ユーモアや着眼点はそもそも鍛えられるものなのか?自分では「心地よい文章」と思っていても、読者にとっては独りよがりの雑音に聞こえやしないか?
心配し始めると、果たして「うまく書く」にはどうすればいいのかと囚われてしまうが、本書はそうした「書くことへの恐れ」を丁寧にほぐし、「ゴールを想定した書きかた」を読者に伝授していく。筆者のウィリアム・ジンサーはジャーナリストであり、創作物のジャンルの広さは小説家や学者以上だ。ニュース記事から短編の連載、雑誌のコラム、長編ノンフィクションなど、手がけてきたテーマは多種多様で、まさに「ジャンルを問わず何かを書く」ということを生業にしてきたプロである。

では、「上手く書く」とはどういうことか?端的に言えば、「簡潔に書く」ことである。明快で、シンプルで、堅苦しくなく、かつ能動受動をはっきりと。不要な形容詞や副詞などは排除し、俗語や専門用語はなるべく少なくする。ビジネス用語や官僚用語などの曖昧な表現は避け、文章に人間味を出す。「読み手が理解しやすいように」努めるのが「上手い文章」の基本ということだ。

これらは多くの文章読本にもある基本的な作文テクニックだが、一方で、他のハウツー本にはないユニークな点は、書くシチュエーションを多数想定していることだろう。インタビュー形式、旅行記、回想録、スポーツなど、色々なジャンルを書く際の素材の集め方や、書くにあたってのアイデアをここまで細かく披露している本は他に例を見ない。

これも「ジャーナリスト」という性質が成し得る技だ。職業上自分が好きなジャンルばかりを選んでいられないため、未知の分野にも手をつける必要があるからだ。

「そんなにたくさんのジャンルに興味を持てるか?」と問われたら、「上手くなりたきゃ持つしかない」と、筆者は答えるはずだ。うまく書くには楽しく書かねばならない。ワクワクしながら書けば、自然と筆が乗り、情熱が生まれ、読み手を没頭させていく。大切なのは自分が楽しみながら筆を取れるかであり、そうして完成した下書きが独りよがりにならないよう、本書で紹介された正しい言葉や明確な語法を使って校正を重ねていく。

――私はできるかぎりうまく書きたいと思う一方で、できるだけ人を楽しませるものを書きたいと思っていた。作家志望の人々に、自分をなかばエンターテイナーみたいなものだと考えたほうがいいと言うと、そんな言葉は聞きたくなかったという顔をする。カーニヴァルや曲芸師、道化師などを連想するのだろう。だが、成功するためには、ほかの誰の作品よりも面白くすることによって、雑誌や新聞から読者の目に飛びこんでいくような作品を書かなければならない。自分の創作行為をエンターテインメントまで高める必要がある。たいていの場合、それは読者に愉快な驚きを与えることを意味する。その仕事をしてくれる道具には事欠かない。ユーモア、こぼれ話、逆説、思いがけない引用、力強い事実、風変わりな細部、遠まわりのアプローチ、言葉の優美な配列などだ。むしろ、そうした一見遊びのように見えるものが作家の「文体」になるのだ。私たちが誰それの文体が好きだと言うときは、紙のうえに表現されるその作家の個性を気に入っているという意味なのである。もし旅の道連れに、ふたりのうちひとりを選べと言われたら――そして旅に誘っているのが作家だとしたら私たちは普通、楽しい旅路にしようと努めてくれるほうを選ぶだろう。
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以上がおおまかな内容だが、一点、本書には欠点(しかもかなり致命的)がある。それは本書が英語を翻訳した本であることだ。それゆえ前半の「言い回し」や「統一性」といった文法の部分は、日本語では理解が難しい。翻訳本ゆえの宿命であるが、やはりこの欠点は致命的であり、英語圏以外の読者にはハードルが高くなってしまう。内容が面白いだけに非常に残念だ。
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【まとめ】
1 技法
優れた創作の秘訣は、すべての文章を最も簡潔な構成要素までそぎ落とすことにある。機能しない言葉、短い単語に換えられる長い単語、動詞にすでに意味が含まれている形容詞、読者がいったいこれは誰の言葉だろうとまごついてしまう受動態の構文など、たくさんの不要物が文章の力を弱めている。しかもそれが、教育水準や階級が上がれば上がるほど数が増えていく。

・いい語法とは、相手に自分を明瞭かつ簡潔に表現できるいい言葉で成り立つものである。
・あなたは、あなたのために書いている。読者の様子を頭に思い描いてはならない。
・読者は、あなたが思う以上に文章をリズムで読んでいる。声に出して推敲してみる。
・書き始める前に基本的な疑問をみずからに問う必要がある。たとえば、「自分はどんな立場で読者に語りかけようとしているのか?」(報道記者としてか?情報提供者としてか?平均的な人間としてか?)、「どんな代名詞と時制を使おうとしているのか?」(無個性な報告調か?個性的だが堅苦しいものか?個性的でくだけたものか?)、「題材に対してどんな態度で向き合おうとしているのか?」(深くかかわるのか?距離を置くのか?断定的?皮肉っぽく?楽しみながら?)、「どれくらいの範囲を対象にしたいのか?」「どこを強調したいのか?」
大切なことは、これらを文章の中で統一することだ。書き方をあちこち変えず、雰囲気も文体も最初から最後まで一貫したものにするのがよい。
・受動態は避け、なるべく能動態を使う
・動詞と似た意味を伴う副詞は避ける(きつく歯を食いしばる)
・よく知られた目的語を修飾する形容詞は避ける(切り立った断崖)
いずれも、必要な仕事だけをさせるよう努める。
・非人性名詞だけで文を組み立てない。読者は曖昧な概念を視覚化できない。人を存在させるか、動詞を働かせること。


2 いろいろな形式での書き方
・インタビュー…人に話をさせる。どんなに退屈なテーマであっても、人間的な要素を探していけば必ず面白いものになる。
・旅行記…感動的な風景であっても、よく知られた属性は書かないようにする。「眼を見張る風景」は観光地ならどこでもそうだし、「岩が散らばった海岸」は、だいたいどの海岸にも岩が散らばっている。他と違う特性を見極めること。
・回想録…焦点を絞り、細部に光を当てる。自分自身を見つめ直し、恥ずかしがらずに披露する。
・科学とテクノロジー…プロセスを描写する。書くためにはまず、それがどう働くのかをきちんと把握しなくてはならない。次に、そのプロセスの理解を導いた発想と推論を同じ順番で読者にたどらせる必要がある。
また、人間を構成要素とする。科学に携わる人々が発見したこと、研究したこと、驚いたことを書けば、ぐっと読者を惹きつける。
・ビジネス…特殊用語を使わない。能動態動詞を使い、概念名詞を避ける。大切なのは明解で、シンプルで、簡潔で、人間味のある文章。簡単な言葉は単純な思考を反映するものではない。
・ユーモア…ユーモアは真剣な仕事の副産物であって、それ以外ではない。ユーモア作家になるためには、「率直な」良い文章を書く技巧をマスターすること。次に、滑稽なものを探そうとしないこと、それにありきたりに見えるものを馬鹿にしないこと。それが真実であるとわかっていることのなかに愉快なものを見つけられれば、多くの人の心を揺さぶることができる。最後に、笑わせようと力まないこと。ユーモアは驚きという土台のうえに築かれる。


3 心構え
・あなたの値打ちは、あなたの声にある。テーマによって声を変えようとしてはいけない。
・まずは軽い文体を目指す。軽い文体とは、面白くしようと意気込んでちゃらついた文体にするのではなく、堅苦しくないように努めた文体だ。
・常套句を排除する
・楽しんで書く。作者のいい気分が読者に伝わるよう、エネルギーをまとって創作する。知ることが楽しいと思えるテーマを書けば、その楽しさは書いたもののなかに表れるはず。
・未知のテーマを恐れない。
・書き出しは刺激的な発想を交えて読者の心をつかみ、それを決して離さないようにしながら、少しずつ情報を加えてひとつの段落から次の段落に進む。
・つねに「この情報は主題に沿っているのか?」を意識する。
・誰よりもうまく書きたかったら、誰よりもうまく書きたいと思うこと。

結局のところ、作家が目指すのは自分自身の目標でなければならない。あなたの作品はあなたのものであり、ほかの誰のものでもない。自分の才能をできるかぎり伸ばし、身を挺してそれを守らなければならない。その力をどこまで伸ばせるかを知っているのはあなただけであって、編集者は知らない。
うまく書くということは、自分の創作を信じることであり、自分自身を信じることだ。リスクを恐れず、あえて人と違うやり方をして、一頭地を抜く存在にならなければならない。あなたが書くものは、あなたが自分に書かせるもの以上に良くなることはないのだから。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年7月1日
読了日 : 2022年6月26日
本棚登録日 : 2022年6月26日

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