データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

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  • 草思社 (2014年7月17日発売)
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【感想】
人の趣味趣向という曖昧な概念を、デジタルに落とし込むことが出来るのか?

ビッグデータ社会が到来するにあたって、人間の行動習慣を商取引の現場に導入する事例が多く見受けられる。しかし、個人的な感情として、そんなことが本当に可能なのか疑っている人も多いことだろう。
本書では、そうした疑問に対して「可能だ」と回答している。著者の矢野氏は、「人間の行動や欲望」に科学的な法則性を見出し活用するとともに、ビッグデータと機械によって幸福を高めることができないか?という考えのもと数多くの実証実験を行っている。

そうした実験の結論として、「人には動きの活発度に応じた活動限界がある」という研究結果を報告している。ウェアラブルセンサによって人間の行動を測定した結果、人の動きは全くのランダムではなく一定の法則に従っていることが分かったのだ。何気なく過ごしている日常であっても統計上ではランダムな行動をしていない、というファクトは目からウロコであった。
一見測定不可能な領域にデータの形でメスを入れ、そこから得られた結果を意味付けするプロセルはとても新鮮なものばかりであった。

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【本書のまとめ】
1 ウェアラブルセンサの開発
人の行動には科学的な法則性がある。
自分の意志で決定していると思われている「時間の使い方」においても、例外ではない。あなたが今日何に時間を使うかは、無意識のうちに科学法則に制約されているのだ。

筆者は、ウェアラブルセンサで腕の動きを読み取ることにより、いつ、どこで何をしていたかを表す「ライブタペストリ」を開発した。


2 ライフタペストリによる「腕の動き」
ライフタペストリによって、1日の腕の動きを読み取った。その結果は驚くべきものであった。
横軸に「1分あたり何回動いたか」、縦軸に「その運動が計測期間の間に観測された比率」を置くと、どのような人でも、右肩下がりのU分布になることがわかったのだ。
U分布にしたがうということは、ある事象の発生頻度が指数関数的に減少していくことにほかならない。1分あたり60回以上の運動をすることは、一日の半分程度だが、1分あたり120回以上の運動をすることは、その半分(1/4)程度に減り、さらに180回を超える運動は1/8になり…と、指数関数的に右肩下がりになっていくのだ。
つまり、人間は自分の一日の行動を、あるときはずっとのんびりしたり、あるときはずっとせかせかしたりと、自由に決めていると思っているが、実は「決められた枠の中で」行動していたのだ。自由に見えて、自由ではない。それはなぜか?

それは、繰り返しの力が「平等(ランダム)」ではなく「偏り」を生むからだ。
ここに900個のセルがあり、1個のセルの中に1個のボールが入っているとする。各セルはまったく平等の条件下だ。ここから、あるセルから別のセルにボールをランダムに1個移す、という行動を繰り返したとする。その結果は、ボールがバラバラに散らばるのではなく、「上位3割のセルに、ボール全体の7割が入る」ことになる。
平等の条件下から全くランダムに行動を繰り返しても、結果は偏りを産むのである。
この結果をグラフで表すと、正規分布ではなくU分布になる。

人間の腕の動きがU分布に従うということは、これと同じ現象が起こっている。つまり、完全にランダムである腕の動きを一日何万回と繰り返しても、優先度に合わせて無意識のうちに結果が調整されているということだ。

このU分布が面白いのは、一日の身体活動の分布は動きの総数というたった1個の変数でおおよそ決まってしまうということだ。
1日の腕の動きが7万回(平均77回/分)と決まっている中で、120回/分を超える活動を一日中続けることはできない。1分間に60回以下の動きを伴う活動には、活動時間全体の半分程度の時間を「必ず」使わなければならず、60-120回の活動は、1日の1/4程度の時間を使わなければならず…と「割り当て」が決まっている。

これには当然、個人差がある。120回/分程度動く「熱い人」と、60回/分程度動く「冷たい人」がいる。

といっても、熱い人=仕事ができる人ではない。熱い人も冷たい人も全ての帯域に平等に活動を割り当てているため、熱い人は静かな仕事(執筆など)に時間を割り当てづらいし、冷たい人は激しい仕事(プレゼンなど)にあまり時間を当てられない。(ただし後述するように、「熱い人」は「幸せな人」が多い傾向にある)

すると、1日の時間を有効に使うには、さまざまな帯域の活動予算を知って、バランスよくすべての活動予算を使うことが大切だと気づく。一日のうちに「同じ行動をドカッとまとめてやる」は不可能なのだ。

物理学では、熱機関の効率の上限が「カルノー効率」という式で表されることがわかっている。そして、データから、人間の行動にもこの式が適応できることがわかった。
例えば、原稿の執筆の場合、一分間の動きは50-70回の幅に収まるとしよう。そうすると、その効率の限界=カルノー効率は、1-50/70≒0.286となる。つまり、1日の活動時間のうち、原稿執筆に28.6%以上を割くことは決してできないのだ。

ライフタペストリによって、時々刻々変化する「意識」「思い」「感情」「事情」などを考慮しなくても、科学的な予測や制御が可能になるのだ。


3 幸せを測る
幸せの50%は遺伝によって決まり、10%は環境要因(収入など)が決める。
そして残りの40%は、日々の行動のちょっとした習慣や行動の選択の仕方によって決まる。

論文によると、「行動が成功したか」ではなく、「行動を積極的に起こしたか」がハピネスを決める。となれば、新たな行動を自ら起こすようテクノロジーで支援できないだろうか?

そこで活躍したのがウェアラブルセンサである。
センサでの測定と社員へのアンケートにより、「幸福である」と答えた社員は、仕事の能率があがり、労働時間が短くなったことが計測できた。

また、データにより、幸せを感じている社員は動きが増える(熱い人になる)ことがわかった。同時に、個人だけでなく会社全体としても、「熱い現場」が幸せを産むことが判明している。会話中の活発度が高い職場では「社員の生産性が高まる」ことが測定されたのだ。

ある人の身体運動が、まわりの人の身体運動を誘導する。この連鎖により、集団的な体の動きが生まれ、社員たちのハピネスと生産性が向上する。


4 人間行動の方程式
●1/Tの法則
最後に物事を行ってから、再度それを行う確率は、時間が経過するにつれ反比例で減少していくこと。
・メールを受けてから返信するまでの時間が長くなるほど、返信する確率が下がる
・安静が2時間続いた時には、1時間続いた時と比べて活動に転じる確率が1/2になる

簡単に言えば、続ければ続けるほど、やめられなくなるのだ。これをフロー現象という。
ウェアラブルセンサのデータによると、フローになりやすい人は、やや早めの身体運動を継続する傾向が強い。
これをハピネスの観点から捉えると、仕事や生活に楽しさや充実感を得ている人は、身体運動の継続性が高いということだ。


5 到達度による職場づくり
「運に出会う確率」はデータで表せることが研究で分かっている。それは「2ステップで到達できる人の多さ」、分かりやすく言えば「知り合いの知り合い」の多さである。これを「到達度」と呼ぶ。
組織の中で「到達度」が高まれば、リーダーから各員につながるステップが短縮されるため、現場力が高まる。成員どうしのコミュニケーションを増やすために、リーダーが介入する必要がなくなるのだ。
大切なのは、部下同士で三角形上にコミュニケーションの輪ができているかであり、これができていれば、現場で自立的に問題が解決される可能性が上昇するのだ。

また、職場における会話の質にも着目してみると、会話が建設的なものとなるのは、参加者間の「双方向率」が高いときである。

ウェアラブルセンサを使って、会話中に速い身体運動を行った側を「ピッチャー」、行わなかった側を「キャッチャー」とし、全時間のなかで「双方向」の割合を「双方向率」と定義した。

実は、会話の双方向率が高まるのに重要なのは、真剣に両者が交わり合うことが必要な挑戦的な目標が設定されていることである。
根本的には、双方向率の向上そのものは目的ではなく、仕事への「挑戦性」を映す鏡になっている。そのような挑戦の度合いが、企業の収益に強く相関するのだ。

ウェアラブルセンサでの測定により、「運」という不確かな指標が確固たる指標として、人生と経営を抜本的に変える道を拓きつつあるのかもしれない。


6 経済活動を科学的に解明できるか?
ビッグデータによって店員の配置の変更を行った結果、売り上げの向上が起こった。
しかし、この配置変更がもたらしたのは、売上向上だけではなかった。社員や顧客の活発度を高めることになったのだ。ビッグデータとAIを使って儲けを実現すると、見えないところで人との「共感」や「積極性」や「ハピネス」が得られることになるのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年5月8日
読了日 : 2021年5月4日
本棚登録日 : 2021年5月4日

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