誰がアパレルを殺すのか

  • 日経BP (2017年5月25日発売)
3.83
  • (69)
  • (111)
  • (85)
  • (15)
  • (1)
本棚登録 : 1013
感想 : 111

【感想】
本書で紹介されているユナイテッドトウキョウでジャケットを買ったとき、思わず驚いた。製造が完全国内なのに、他ブランドと比べて20%ほど安いのだ。
アパレル企業はかつて、価格上昇を抑えるために工場を海外に移転していた。国内から中国へ、中国からベトナム、カンボジア、バングラディシュへと、人件費の安い途上国に生産を任せることで、服の価格を安く保ってきたという歴史がある。
しかし現在は、工場を国内に回帰させる動きが強まっているという。しかも、中国生産のときよりも安く、利益率も高い。その秘訣は、単なる縫製費用の節約ではなく、服の製造・販売全体をつなぐサプライチェーンの革命にあった。

本書『誰がアパレルを殺すのか』は、不振にあえぐアパレル業界の内情にメスを入れる一冊だ。旧態依然としたシステムの問題点を指摘すると同時に、業界の常識を破壊しながら成長を続ける新興勢力を描き、アパレル業界の未来のありかたを探っていく。

何故いまアパレル業界がピンチなのか。理由の一つに、アパレル業界全体が閉鎖的であり、高度経済成長期のシステムから脱却しようとしないことが挙げられている。

実は、服を一着作るのには、多数の工程が踏まれている。販売計画→デザイン検討→サンプル作成→検討会議や展示会×n→再作成→デザイン決定→製造発注→製造進捗管理→納品・検品→販売と、プロセスは多岐にわたり、さらに縫製工場との調整や素材の確保なども発生する。サプライチェーン全体を関係者別に眺めれば、川上(糸や生地メーカー、縫製工場)、川中(アパレル企業や商社、OEMメーカー)、川下(百貨店やショッピングセンター(SC)などの小売店)と多数存在し、しかも関係者間の統合がされておらず、やりとりは各階層で断絶されているのが現状だ。
ここまでプレイヤーが多ければ、コストも段階的に増していくことになる。なにより、デザイン決定から販売までに膨大な時間がかかる。アパレル業界ではこの「時間」が何よりの天敵だ。売る服はシーズンごとに変えなければならないため、時期を逃せば不良在庫となるからだ。結果、納品遅れなどによって売り時を逃した服は、シーズン終わりにセールでさばかねばならなくなり、安く売ることで利益が減少していく。

この「安売り」が、アパレル業界の首を絞め続けている。
かつての高度経済成長期には、服は高かったが、黙っていても売れた。しかしバブルが崩壊し日本経済が貧しくなると、ユニクロをはじめとしたファストファッションが流行し、一気に服がデフレ化していく。衣服1枚あたりの価格は、1990年の6,846円から年々下落し、2019年は3,202円、つまり半分以下にまで下がったという。

服には流行がある。良くも悪くも、世間の流れに敏感に反応するのがアパレル業界だ。ユニクロが出現してからは消費者心理がファストファッションに傾き、既存のアパレル企業は高価格路線を貫けなかった。多くの企業はユニクロに追従し、生産拠点を海外に移し価格を抑える戦略を取ったのだが、ただのユニクロの真似事で終わり、定常的な利益を生み出す「サプライチェーンの効率化」にはいたらなかったらしい。結果としてますます服が安くなり、利益がどんどん減少している、というわけだ。

――「中間層が服を買わなくなった」。大手アパレル企業や百貨店の関係者に不振の理由を問うと、判で押したように同じ答えが返ってくる。長引くデフレは消費者の財布のひもを固くし、所得格差も広がり続けている。ただ、問題の本質は外部環境にはない。既存のビジネスモデルを守りながら、その上につぎはぎして延命を図る経営は限界にきている。ゼロから新しいビジネスを作るつもりで、既存のビジネスモデルを破壊する。経営者に問われているのは、その覚悟だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
以上が本書の一部である。
この他に、こうした不振を打開するための新興勢力たちが描かれる。工場を国内に戻すことでサプライチェーンの「時間」を縮め在庫を抑える企業、素材や生産背景を透明化し金額以外のプラスアルファを提供する企業など、彼らの多くは「大量生産による低価格化」に反旗を翻している。
本書を読むと、そうした新興アパレル企業の販売方法と理念に興味を惹かれて、つい買ってみたくなってくる。経営が効率的なだけでなく、そのうえで消費者に選んでもらえるような仕掛けを施しており、これが上手い。そうした「ブランドそのものにファンを増やす」という戦略も、今後のアパレルの生き残りに関わってくるのかもしれない。
――――――――――――――――――――――――――――――――

【まとめ】
1 なぜアパレル業界が今、深刻な不振に見舞われているのか?
洋服を作り、それが消費者に届くまでの流れを「サプライチェーン」と呼ぶ。アパレル企業が直接、または商社やOEM(相手先ブランドによる生産)メーカーなどを経由して工場に洋服を作るよう指示し、完成した洋服はアパレル企業が専門店に卸す、もしくは百貨店や直営店などを通じて消費者に販売する、というのが簡単な流れだ。
川上(糸や生地メーカー、縫製工場)から川中(アパレル企業や商社、OEMメーカー)、そして川下(百貨店やショッピングセンター(SC)などの小売店)へと洋服が移動していくなかで、必ず不良在庫が生まれる。
アパレル業界がほかと違うのは、大量の売れ残りを前提に価格を設定し、無駄な商品を作りすぎているという点だ。
経済産業省が2016年に公表した「アパレル・サプライチェーン研究会報告書」によると、国内アパレルの市場規模は1991年に約15.3兆円あったが、2013年には約10.5兆円に縮小した。一方、供給されるアパレルの数量は1991年時点で約20億点だったが、2014年には約38億点に増えている。つまり、市場規模が3分の2に落ちているのに、市場に出回る商品の数は倍増している、ということだ。

ユニクロや欧米ファストファッションは、アパレル産業の川上から川下までの情報を正確に把握し、サプライチェーン全体を合理的に管理している。だが、それに気付かなかった既存の大手アパレル企業は、製造拠点を中国に移すだけで、ユニクロや欧米ファストファッションと同じように人件費を安く抑えられ、大量生産によるスケールメリットによって製造コストを下げられると考えた。そして安易に中国生産に舵を切った。つまりは表面的に「ユニクロのようなビジネス」をまねようとしたのだ。
結果、1990年代を起点として、アパレル業界に「商品単価の大幅な下落」という大きな変化が起きた。1991年を100とした場合の購入単価指数は、2014年には60程度まで落ち込んでいる。中国で大量に作り、スケールメリットによって単価を下げる。代わりに大量の商品を百貨店や駅ビル、SCやアウトレットモールなど、様々な場所に供給することで何とか商売を成り立たせる。需要に関係なく、単価を下げるためだけに大量生産し、売り場に商品をばらまくビジネスモデルは、極めて非合理的だが、麻薬のように、一度手を染めると簡単にはやめられないものだった。その結果として大量の不良在庫が発生した。

ITの活用という面では国内のアパレル業界は周回遅れというのが現実だ。アパレル業界は「川上」「川中」「川下」に多層の分業体制を築くことで発展し、インターネットが発達した今も、この強固な分業体制が良くも悪くもなかなか崩れない。

かつてワールドで総合企画部長などを務めた北村禎宏氏はこう話す。
「まずは川上から川下まで、業界全体として不振の現状と原因を正しく認識し、その上で、連携して対応する必要がある。アパレル産業には糸や生地メーカーから商社、OEMメーカー、小売店まで様々な企業が関係しているが、階層ごとに断絶されていて連携が進まない。将来像を全体で共有しないまま、各プレーヤーが好き勝手に振る舞い続けていては、業界が集団自殺しているのと同じだ」


2 生産の現場
日本のアパレルを支えているのは中国の生産現場だ。しかし、中国一極集中が進んだ結果、人件費の増加により利益が圧迫されている。代わりにASEANに生産拠点を移そうとすると、日本への海上輸送のコストがかさんでしまう。
世界トップレベルの素材を持ちながら、それを商品力につなげられないことが国内アパレル企業の大きな問題だ。大手アパレル企業がモノ作りの精神を捨てて追い求めた大量生産・大量供給。それに、消費者は「NO」を突きつけている。


3 小売の現場
デベロッパーはこれまで、増えるSCのテナントを埋めるため、アパレル企業に大量の出店を求めてきた。アパレル企業としても出店が増えた分だけ売り上げの増加が見込める。こうした契約を受け入れ、SC展開に踏み込んでいったところは少なくない。在庫管理やブランド力低下などの問題があっても、目先の売り上げが確保できるSCの誘いに抗えなかったのだ。
SCが増え、競争が激しくなるほど、近隣SCとの差別化が必要となり、わずかに商品構成や名前が違うだけのブランドを乱発していった。結果、急激な商品の同質化が起こり、これがアパレル不振の一因となった。


4 販売の現場
ファッション業界専門の転職支援サービス、クリーデンスによると、販売員の平均年収(2016年)は25~29歳で292万円。35~30歳でも354万円までしか増えず、日本全体の平均給与である年420万円に届かない。手取り18万円、実家ぐらしがスタンダードだ。
「販売員が次のステップとして、バイヤーや商品企画担当者になりたいと考えても、社内にそのルートがない。じゃあ転職しようと思って中途採用の募集要項を見ると、『3年間のバイヤー経験必須』とあるんです。どんなに長く勤めても、販売員は販売員のまま。自分の経験が転職市場で評価されないと知った時は辛かったです」アパレル販売員の中村さんはそう語る。


5 消化仕入れという罠と、かつての栄光から抜け出せない日本
高度経済成長期、オンワード創業者の樫山は、百貨店を主な販路と見込み、当時としては画期的な「委託取引」を思い付く。いったん商品を百貨店に買ってもらうが、売れ残った商品をオンワード側が引き取る仕組みで、これが発展し現在の「消化仕入れ」につながっていく。当時、百貨店はアパレル企業から商品を買い取るのが主流だったが、それでは百貨店の予算分しか買ってもらえない。そこで、あらかじめ売れ残りを引き取ると約束することで、買い取りの場合よりも多く、オンワードの商品を棚に並べてもらうのが狙いだった。委託取引は在庫のリスクをアパレル企業側が負うことになるものの、百貨店による買い取りに比べて利幅が大きくなる。経済全体が成長して消費意欲も旺盛な時代だったため、返品はあまり負担にならなかった。
しかしその後バブルが崩壊。1990年代後半からユニクロを始めとしたファストファッションブームが起こり、業界全体を値下げが襲う。その後も利益減から持ち直すことができず、2010年代からは、業績不振による大手アパレル会社の統合が起こっていった。

ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション会長の尾原氏「ブランディングがいかに重要なのか、日本のアパレル関係者は全員、分かっていたと思います。日本の老舗企業ののれんが、どれだけのエネルギーによって生み出され、維持され続けているのか知っていますから。そういう素地があったにもかかわらず、戦後に米国式のマーケティングが入ってきて、宣伝やプロモーションによって商品が売れる経験をしました。ブランドに想いを込めて、哲学やコンセプトを定め、ブランドに合わないことはやらないと突き詰めることで、ようやくブランドが維持できる。それなのに、露出や知名度を上げることだけに腐心し、目先の利益を追いかけ、百貨店内のいい売り場を取ることがブランディングだと考えてしまった。経済成長やバブル景気の時期と重なったので、そうした施策の効果を検証しなくても商品は売れ、ブランディングについて誤解したままになりました」


6 新興勢力
・米国の新興アパレル企業「エバーレーン」。同社は「オンラインSPA」と呼ばれる新しい業態だ。
店舗や中間業者、大規模な宣伝広告といった、これまでのアパレル業界で「あって当然」「やって当たり前」だったことをなくしている。商品は小規模ロットで完全に売り切ることを前提とし、在庫は極力持たない。そのため売れ残った商品の大規模セールもせずに済む。マーケティングはSNSを駆使する。卸売りもほとんどせず、ネットを通じて直接、商品を消費者に届ける。
従来のアパレル企業は、春物、夏物など、季節ごとに商品を企画・販売し、シーズンが終わると在庫を大幅に値下げして売り切る。しかしオンラインSPAは、こういったシーズン制にとらわれず、コンスタントに商品を発売する。出店を抑え、広告宣伝をやめて浮いた資金は、商品の素材やデザイン、顧客サポートといった、アパレル企業が最も大事にすべき部分に投下。質の高い商品を、適正な価格で販売する。

・日本発の新興セレクトショップTOKYOBASE。同社の2017年2月期の売上高は前の期比53.7%増の約94億円、営業利益は95.5%増の約13億円となった。売上高営業利益率は約14%で、アパレル業界内でトップクラスの収益率の高さを誇る。
SPAブランドであるユナイテッドトウキョウの商品は、原価率が50%を超える。ユニクロですら原価率は30~40%だ。ユナイテッドトウキョウは高度な技術を持つ国内工場と直接取り引きして商品を作っているため、発注時期をギリギリまで引っ張ることができ、シーズン途中に流行し始めたスタイルや色にも柔軟に対応できる。結果、需要に合った商品を投入して売れ残りを防ぎ、これが利益率の高さに繋がっている。計数管理を徹底しながら原価率の高い良質な商品を適正規模で生産し、それを売る販売員にはインセンティブとして、個人売上の一部を給料に反映している。これが同社の成長戦略だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年3月17日
読了日 : 2023年3月13日
本棚登録日 : 2023年3月13日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする