平野啓一郎は、この作品を通じて、それまで温めてきた「分人主義」という思想を伝え、生きること、愛することについて、メッセージを投げかけたのだと思う。
分人主義は、簡単に言うと、「個人」は接する人に応じて多くの分人(ディヴ)を持つということで、「分人」はそれぞれの性格や接し方に紐付くものと考えることができる。ちなみに、それは対面に限らず、メディアを通しても形成される。
物語の舞台を「分人」の生成が過度に抑制される、宇宙飛行(火星への到達)と米国の大統領選挙に紐付けたのは、分人主義を語る上で、非常に効果的に機能していると感じました。
ちなみに、物語の中で印象に残っているのは、主人公がSNSやブログを通じて、「ディヴィジュアルをデザイン」しようとした過程で、それにより、自暴自棄になりかけていた主人公が、少しずつ再生していくところ。
それは多分、「複雑に入り組んだディヴの中で何を一番大切にすべきか」という課題を、我々にも投げかけているものだと思う。これは一見、セカイ系みたいに聞こえるけど、そんなことではなくて、様々な利害関係を乗り越え、自分が正しく生きるためのディヴを探すということだと考えている。そんなディヴを自分は持っているだろうか?
そして、こうしてレビューを書いていることや、SNSやFacebookでコメントを公開することも、メディアを通じた自分の「ディヴ」をデザインしていることになる。
「分人主義」というものが、現象学やそうしたものに置き換わるとは思わないけれど、そんな抽象的な議論よりは、「分人」を通じた人間関係をいかに作るか、という平野啓一郎の思想の方が、現代、そして近未来では、よっぽど説得力があるのではないか。
いずれにせよ、それらを網羅するプラットフォームとしての、作品の完成度は高く、最後は感動的ですらある。所々に出てくる技術的小ネタも個人的に笑えて◎でした。
- 感想投稿日 : 2011年12月26日
- 読了日 : 2011年12月26日
- 本棚登録日 : 2011年12月26日
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