古書の来歴

  • 武田ランダムハウスジャパン (2010年1月21日発売)
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感想 : 77
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・本に関係がありさうだとすぐに買ひたくなつてしまふ。それでまた1冊、ジェラルディン・ブルックス「古書の来歴」(創元推理文庫)である。これは帯に「焚書と戦火の時代、伝説の古書は誰に読まれ、守られてきたのか?」とある通りの内容である。従つて、ミステリーであらうがなからうが、私には買ひである。この古書を「サラエボ・ ハガダー」といふ。 Sarajevo Haggadahと書く。「この小説はサラエボ・ハガダーとして知られるヘブライ語の実在の書物に着想を得たフィクションである。そのハガダーの現時点で明らかになっている歴史に基づく部分もいくつか含まれているが、大半の筋と登場人物は架空のものである。」(「あとがき」571頁)と著者が書くやうに、基本的には実在の書にまつはるフィクション、物語である。これは「14世紀中葉のスペインで作られたハッガーダー。(中略)中世の細密画が描かれたヘブライ語の本としては最古に属する。」(Wiki)といふもので、検索すると、ハガダーの由来等、本体に関する内容が多く出てくる。大体は細密画がついてをり、うまくいけばほぼ全体を見ることができるサイトもある。現在はサラエボの国立博物館蔵である。複製も含めて、この手の本を、当然のことながら、私は手にしたことがない。しかし、その絵は細密画におなじみのもので、いろいろなところで、似たやうな細密画を写真で見たことがある。そのハガダーに残されたいくつかのものから作品は生まれた。残されたとい つても隅から隅まで目をこらして見なければ見落としさうなものである。それが物語となり、次の物語を生んでいく。時代をさかのぼるやうに作られてをり、最後はハガダー制作現場に行き着く。1996年から始まり1480年までゆく。その後に2002年があるのだが、これは別と言ふべきかどうか。この500年間の物語は実におもしろい。実際にこんなことがあつたのではと思つて見たりする。
・物語の中心にゐるのはユダヤ人である。ヘブライ語の書だから当然のことだが、ハガダーはユダヤ人に守られてきた。それがいくつもの物語になつてゐる。そこに共通するのは虐げられたユダヤ人である。ナチスドイツの時代も含めて、ユダヤ人は虐げられてきた。15世紀も同様である。そんな中でこのハガダーがいかに作られたのか。1480年は「白い毛」と名づけられた物語である。その毛は猫の毛であつた。ただし、「毛表皮から、猫の毛にあるはずのない粒子が検出されたわ。黄色のとくに強い染料に含まれる粒子が。」(426頁)といふものであるがゆゑに、この毛がい かなるものかは分からない。それを明らかにするのが「白い 毛」である。その最後、主人公 がモーセの魔法の杖の話をききながら、「もし、ここにもそんな杖があれば、私も自由になれる。」(490頁)と考へる。 さうして「自由と祖国。そのふたつこそユダヤ人が切望していたもの」(同前)だとして、「大海がふたつに分かれて、私は歩みだす。故郷へ通じる乾いた果てしない道を悠然と。」(同前)本当に歩き出したのかは分からないのだが、自由と祖国を求めるユダヤ人の心がここにある。これは1996年の物語にも共通する。のみならず、現在進行中のガザの戦争にも共通する。常識的にはそれがいかなる悪であれ、ユダヤ人には祖国と自由を求めるためにはさうせざるを得ないといふことであらう。それでも、イスラエルはガザの戦ひから直ちに手を引くべきだと私は思ふ。手を引いて自由と祖国、自由な祖国が得られるかどうかは分からない。本書はそんな政治的物語ではない。あくまでハガダーをめぐるミステリーであつた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年12月29日
読了日 : 2023年12月29日
本棚登録日 : 2023年12月29日

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